チープ
「既に使い古されたモノに手を加え、新たな価値を与える事を『命を吹き込む』と表現する事はある。実際。修繕にはそれほどに繊細に扱っても足りない程に神経をすり減らす。俺にも経験がある。あれは命を吹き込むと表現して正解だ。二重丸だ。だが……」
指先に力を入れ。突き刺す。
「命を吹き込むにも限度って奴があるだろう! 誰だテメェ! Who are you!」
答えは返ってこない。
固く閉じた唇は。石の様に固く閉じている。
やっぱしゃべんな。口が開くとそれはそれで怖い。
「いや、言わんでもいい。口を開くな! 俺が当ててやる。新手のドッキリだろ。先生。もう自分は驚きました。早く明かりを持ってきて。ドラキュラも苦しむぐらい飛びっきりの明るい奴。持ってきて!」
ハンマーの柄を胸の前に持ってきて両手で握りしめる。脇はキュッと閉め。必要以上に肩を浮かせ。毛が逆立つ。手汗がヤヴァイ。
体の毛穴から温もりが抜けていく。急激に冷えて。悟りの域に達しそう。
ヴィキャスは目の前の作品の一挙一動を逃さぬよう。目を見開く。
作品はゆっくりと近づいて。
ヴィキャスは膝から崩れ落ち。
作品がヴィキャスを乾いた瞳で見つめ。
ヴィキャスは心臓の鼓動が早まり。
作品がしゃがみ込む。
ヴィキャスは言いようのない高揚感に身を投じた。
「一体。何なんだ。お前」
ヴィキャスが言った。
動く作品。理想の女性。恐怖。そして高鳴り。
答えが知りたくて。声を掛けた。
時間が過ぎて。1時間後。
2人?は工房で睨み合っていた。
ヴィキャスはガタガタ揺れる椅子に座る。作品にも椅子を差し出すが一向に座らない。
ヴィキャスの質問は終始帰ってくる事は無かった。
しゃべらないのか。それともしゃべれないのか。
観察し、現状を整理した。
これはドッキリではなさそうだ。彼女は正真正銘。自分が彫刻した作品。
だって、こんなの創るの。俺しかいないし。
俺が左右に動くと、作品も首を左右に振る。 俺だけを見つめている。
「しゃべれないなら。勝手にしゃべらせてもらうぞ。落ち着かないんだ」
そういって。話題を切り出していく。話した事は余り覚えていない。その場その場で言葉を繋ぎ合わせただけの。チープなナンパ師の気分だった。
朝になれば元居た場所に戻って、動かなくなる。昔見た博物館の映画を思い出しながら。希望を胸に彼女を口説いた。




