選ばされる未来?
春人だけではない。夏樹も様子がおかしかった。
一緒に夕食に買い物に出た道中で、学校での面談の話題が出た時のことだ。
「三者面談、お母さんが来てくれるよね?お父さんじゃないよね?」
再確認と言うには、随分と必死な様子の娘に驚いた。
「勿論お母さんが行くつもりだけど。どうしたの?お父さんだとなんか困るの?前はそんなこと言わなかったのに。」
「・・・なんか、イヤ。」
「昨今は両親揃って行く家庭もあるわよね。それじゃ四者面談になっちゃうか。」
優子は笑いをとろうと軽い口調で言ってみたが、夏樹は嫌悪に満ちた表情で首を横に振る。冗談ごとではない、というくらいの拒絶だ。
「どうかしたの?なんかお父さんに言われたりした?」
「・・・金のかかる大学はやめてくれって。」
「えっ?」
「金のかかる大学は勘弁してくれって。冗談っぽくだけど言われた。うちってそんなにお金ないの?」
表情の暗さが深刻さを物語っている。
子供にそんなことを言うなんて。
「そんなこと言ったの!?・・・お金かかっても、夏樹の希望する大学を受験すればいいのよ。あなたは成績がいいんだもの、目指す方向の進路へ進めばいいわ。お母さんは応援するわよ!」
「ほんと?」
「まかせなさい。」
母はどんと胸を叩いてみせる。
父親がなんと言おうと、子供の学費ぐらい都合するのが親の役目ではないか。無駄遣いをせず両親が必死で働けば、どうにでもなるはずだ。
「うん。・・・がんばって勉強して、国公立を狙うね。それに返還義務のない奨学金を目指して頑張るよ。」
「その意気よ。お母さんも頑張るわね。」
その夜、夫は深夜二時を過ぎて帰宅した。
残業だと言うが、こんな時間まで残業するなんて以前は無かったことだ。克行が運転する自家用車のエンジン音で、うとうとしていた優子は目を覚ました。
「おかえりなさい。随分と遅かったね。」
妻が起きていたことに狼狽したように、夫は目を丸くする。
「仕事なんだから仕方がないだろ。・・・寝ててよかったのに。」
「話があるから起きて待っていたのよ。」
「話?・・・疲れているんだから手短に頼むよ。」
夫は眉をハの字にして、いかにも疲労困憊しているような顔だ。
「夏樹にお金のかかる大学はやめるようにって言ったでしょ。どうしてそんなこと言ったのよ。凄くショック受けてたわよ。」
スーツの上着を脱いでリビングのソファへかけると、どっかりとそこへ座り込んだ。ポケットからスマホを出して操作し始める。
優子はそれを横目でじっと見つめた。
子供の進路の話は深刻なはずだ。携帯をいじりながらするようなことだろうか。
こんな男だったろうか。
子煩悩で優しくて、ちょっと気弱でお人好しな、そんな男だったはずだ。
いつからこうなったのだろう。
「経済的に余裕がないのは事実じゃん。夏樹は成績がいいんだよな?だったら金のかからない大学だって選べるじゃないの。」
へらへらと笑って、子供の可能性を否定するようなことを簡単に言うのか。
成績がいいから、親の条件にしたがって進路を選ぶのか?
それは子供が選ぶ将来ではない。親の都合によって選ばされる未来じゃないのか。