同じ、人妻
綺麗に整えられた眉が、がくがくと震える。
声を聞いて、きっと気がついたのだろう。公園にたった一人残っていた保護者が誰なのか。
今日の卒業式の様子を少しでも聞きたかったからこちらへ足を向けたのだろうが、残念ながら、そんなことを気軽に聞ける相手ではなかったようだ。
まあ、優子自身としては、聞かれれば素直に答える。その程度の優しさは持っているつもりだ。不倫にはどんなに厳しくても。
「・・・あなたが、大滝優子さん・・・ですね。」
「はい、そうです。宗像久乃さん。直接お会いするのははじめてですね。」
彼女が、まるで値踏みでもするようにこちらを上から下まで眺める。
自分はお美しい久乃には到底敵わない容姿である。彼女と比較するならば体格はだいぶ太めだし、肌はずっと浅黒い。髪は白髪を隠して毛染めを繰り返しているから傷んでいるし、しかも背が高いのだ。だから優子はスカートを履かない。今日もパンツスーツだ。勿論顔立ちだって十人並で、かつて学校のマドンナだかアイドルだったかのような女性とは比較にならない。
けれども、優子は胸を張る。引け目など感じる必要はないのだ。
「何故、あれほどお願いしたのに話したんですか。」
ぽつりと言い出した久乃の声は震えている。
お願いなど、されただろうか。脅しなら、受けたけれど。
「なんのことでしょうか。」
優子の声は穏やかだ。
「どうして、なんで・・・っご主人との事を、わたしの夫に・・・!」
「あなたのご主人が教えてくれと頼んできたので。」
美白に力を入れているのだろう、その白い肌には染みがほとんど見当たらない。黒々と豊かな黒髪は、ゆったりとしたウェーブを大きな椿の花をかたどった髪留めでまとめられている。
黒目がちの大きな目は潤んで、艶っぽいが、それは本人の意図した潤みではないだろう。
「なんで、どうして・・・っ。絶対にそれだけはやめてって、あれだけお願いしたのに。お金なら支払うからっ・・・って、言うのだけは止めてって言ったのにひどい・・・!」
魅惑的なその大きな瞳から大粒の涙が溢れた。
男ならじっとしていられないだろう、その悲しげな表情は守ってあげたくなるほどにあどけない。
自分と同じ年とは到底思えない、若く美しい涙に、しかし、優子は少しも心動かされることはない。
否、動かされる。より泣かせてやりたいと、貶めてやりたいという衝動に。もっと酷く、もっと惨めに。
自分が味わった絶望はこんなものではない。
自分が舐めた辛酸はこの程度ではない。
まったくもってどの口が言うのだろう。先に電話をよこして、元代議士の父親の権力を笠に着て脅迫まがいのことをしたくせに。
そもそも事を起こしたのはそちらの方だ。
自分は何もしていなかった。何一つ非はなかった。こんな自分に非が有るというのなら、世の中のほとんどの配偶者に非が有ることになるだろう。
眼の前でさめざめと泣く人妻に対して、評価できる点が有るとするならば、大滝克行という男がこれほどにみっともない男であると教えてくれた事くらいだろうか。
この美しい人妻は、自分と同じ立場でありながら。自由きままに人の家庭をぶち壊したのだ。




