直接会う
卒業式が終わり、記念撮影などを生徒同士や教師と共に行った後には、自然解散となる。最後に先生が校門を閉めるギリギリまで、春人は友達とふざけあっていた。
春人と同じ進学先の生徒は同じ卒業生の中に一人もいない。だから名残を惜しんだのだろう。
優子はそれをずっと遠くから根気強く見守っていた。校門を出てすぐ隣りにある公園の桜も、もう散り始めている。天気が良くてよかった。
公園の桜の樹の下で息子を待っていると、スマホが鳴った。息子からのメッセージだ。
”外谷と一緒に帰るから先に帰ってて。”
新品のスマホが嬉しくてしょうがないのだろう。見える場所にいるのだから伝えにくればいいものを。
”わかった。”
仲のいい友達と最後の下校したいと言うのなら親の出番はあるまい。
夫はとっくの昔に帰途に付いている。居心地が悪くて長居が出来なかったに違いない。今までろくに学校行事に顔を出さなかったのだ。夫の顔見知りなどほとんどいない。
ついさっきまで、自分と同じように子供を待っていた保護者がちらほら姿が見えたのに、もう残っているのは自分一人だ。さもあらん、校門が閉まるまでいたのは春人とその友達だけなのだから。
やれやれとため息をつき、公園を出ようと一歩踏み出した。
ブランコ、乗用玩具、水飲み場と小高い丘があり、周囲が桜の木で囲まれたこの公園も、もしかしたら、もう来ることはないのかも知れない。
中学校の方を振り返ってみれば、すっかり静まり返っていた。在校生さえもう帰宅したのだろうか。職員が残って式の後片付けをしているのかもしれない。
校門が動く音がして、そちらに目をやる。まだ残っている生徒がいたのだろうか。
黒い筒を持った人が教師に頭を下げている。黒い服だが、制服ではない。
ハーフアップにした髪型に、式服と言うにはややカジュアルなその黒い服で、その人はほっそりとして見えた。
確かに、綺麗な人だ。遠目から見てもそう思う。
今日卒業式を欠席した子供の代わりに、通知表や証書を受け取りに来たのだろう。
ずっと目をやっていたからだろうか。向こうもこちらに気付いた。
優子に気付いたのだろう、まっすぐこちらへ歩いてくる。その足取りは決して軽いものではなかったけれど。
きっちりと化粧を施した横顔は整っているけれど、どこか悲しげで。まるで何かに縋るようにこちらへ向かって歩いてくる。ワンピースの裾をはためかせながら。
別にこちらにやましいことは何もない。だから逃げる必要もない。
思わず、笑みが優子の顔に浮かんだ。
そう言えば、向こうは自分の顔を知っているのだろうか?電話で話したことは有るが、直接口を利いたことは一度もない。
優子は写真や動画で何度も相手を見ているから一目で宗像久乃だと判別つくけれど、果たして彼女の方はどうだろうか。
「・・・あの・・・今日の卒業生の、保護者の方でしょうか・・・?」
なんとも美しくか細い声が、優子の耳に入った。
「そうです。」
静かに、でも、堂々と答える。




