式に臨む
宗像浩未と会った時、最後に言われたことを思い出す。
夫の克行に慰謝料請求をしてもいいかと問われた時には、当たり前のようにどうぞ、と答えた。
「ああ、出来たら、春が過ぎてからだと助かります。」
「春が?」
「新学期は色々有りますでしょう。」
同学年の子供を持つ親なのだからわかるでしょう、と言いたげに相手を見る。
「そう・・・そうでしたねぇ・・・。」
悲しげにそう呟いた宗像は、なんとも疲れた表情だった。
「卒業式や入学式。節目の時期でした。子供たちにとっても、大切な時期です。」
この男も、自分も、人の親なのだ。
「・・・なんでこんなことになってしまったのか。俺の何が悪かったのか。何度も自問自答しました。きっと、あなたもそうだったんでしょうね。」
その後、宗像浩未とは一度も会うことも無く、卒業式を迎えた。
春人は久しぶりの自宅に戻ってきて、中学校の卒業式の準備をしている。
式前日の夜、克行は春人が夕食を食べているリビングへやってきた。それに気付いた春人は、食事の途中であろうとも席を立とうと立ち上がりかけた時、
「明日の卒業式は、父さんも一緒に行ってもいいだろうか?春人の卒業式を見たいんだ。」
その場で直立してそう頼んだ父親の方をちらっとだけ見て、それから母親の方を見る。優子は軽く頷いた。
「・・・勝手にすれば。」
不貞腐れたように呟くと、座り直して、再び食事をはじめた。
もう、彼の両親の離婚は決まっている。新居も決めたのだ。あとは引っ越しするだけになっていた。
「ありがとう、春人。・・・今まで、ごめん。駄目な親父だったよな。お前の成長した姿を見させてもらえて、嬉しいよ。」
ぐすりと涙ぐんでそう言う克行は、なんとも情けない姿ではあった。だが、その姿こそが、春人がずっと待ち望んでいた姿だったのかもしれない。
ふんと鼻を鳴らした長男は夕食のビーフシチューを完食するまでリビングにいた。父親がそこに立っていても、立ち上がること無く。
それが、春人の、彼なりの答えなのだろう。
式の朝は、夏樹も早く起きて弟を見送った。
久しぶりの、息子を伴って夫婦揃っての外出。もしかしたら最後になるかもしれない。
卒業式は厳かに、静かに行われた。会場の中学校の体育館に、優子は数え切れないほど通ったものだ。見上げれば、天井部に収納されているバスケットゴールが見えて、感慨深い。あの小さな輪を通すために、気が遠くなるほどボールを投げ続けた春人の姿を思い出す。姉の夏樹は文化部だったので、余り体育館には縁がなかったけれど、スピーチコンテストに出たときのことは覚えている。
もう二度と無い、卒業式だ。
二人の子供はこの中学校に三年ずつ通った。それに合わせて優子も何度も足を運んだ。夫の克行は、片手で数える程度だろう。
静まり返る場内に鼻をすする音が時折響く。泣いているのは、保護者か生徒かあるいは教師なのか。ふと気づけば優子の隣からも聞こえた。
息子の担任の顔すらわからない夫が、何故涙ぐむのかわからない。
優子は、顔を上げて息子の中学最後の晴れ姿を見守った。卒業式でも、卒園式でも、優子は一度も泣いたことはない。自分が学生の時でさえも泣かなかった。この晴れがましい瞬間に、涙などは似合わない。
優子はそう信じている。
そして、ふと気がついた。
息子の同級生の、宗像久乃の娘の姿がないことに。
皆同じ制服を着ているので他の女生徒と区別がつかないだけかと思ったが、証書授与の瞬間も姿を見なかった。名前を呼ばれるので、いればわかるはずだ。
あとで息子に聞いたが、欠席だったらしい。




