執拗な説得
夫婦の間では何度も話し合った。
一度は、離婚に承服したはずの克行は、何か言い訳を見つけては意見を翻し、離婚したくないと主張する。
勿論、優子のほうがそれを受け入れるわけもない。
「子供の将来のためにも両親は揃っていたほうがいいだろ。」
「そう思う人がどうして離婚の原因になるようなことをしたのかしら?」
「・・・それとこれとは」
「あなたが子供だったら、不倫した両親と、不倫していない片親、どっちがいいと思うの?」
「おかしいだろ、そんな聞き方。」
「じゃあ、あなたが子供たちに聞いてみたらいいじゃない。不倫した父親と母親が揃っているのと、不倫していない母親だけの片親、どっちがいいの?って。」
離婚したくない理由の一つとして、子供を持ち出すのはよく有ることかも知れないが、それが有効なのは、子供が父親になついていればの話だ。
「・・・経済的にも、さ」
「あなたが充分な教育費と慰謝料を支払ってくれれば済む話です。子供のためを思うなら、死ぬ気で働いて支払ってくれることでしょう。そうですよね?そこまで子供のためと言うんだから。」
克行は渋い顔をする。もともと、高給取りなわけではない。サラリーマンとしては、ごく普通の年収しかないのだ。久乃の夫とはわけが違う。
「俺だって生きていかなくちゃならないんだから、そんなこと言われたって、支払えるもんはたかが知れてる。子供のためには夫婦で力を合わせてさ。」
どの口が言っているのだろう。
夫婦揃って稼いで子供のために貯めるはずだったお金を、不倫に消費していた男が。
「やっぱり調停にしますか?それとも裁判にする?わたしはいつでも受けて立つから。いつまでもそんなくだらない言い訳に付き合っている暇ないの。どうしても離婚届に判を押せないっていうなら、裁判所で決めてもらってもいいのよ。あなたに勝ち目があるといいわね。」
「そういうこと、言うなよ・・・。ひどいよ、優子。どうしちゃったんだよ、あんなに優しい女だったのに。」
「そういう泣き落としもう飽きた。優しくなくて結構。性悪で結構です。」
「優子、あんまりだろ。」
俯いて涙ぐんでいる夫の背中を見ているが、何も感じるものはない。
弁護士を通せばこんな言い合いをしなくてもいいのだ。そして、その弁護士は優子の父親が雇ってくれている。
だから、こんな話し合いなどしなくてもいい、と突っぱねてしまえば済むのだ。何を言われても、弁護士を通してと言えばいい。
だが、克行はそれも泣き落としてくる。夫の方では弁護士を雇う余裕などはないから、調停も審判も無理だと。だから、どうしても夫婦間で話し合って決めたいといって執拗だ。
そんな夫の事情など知ったことではない。配慮する必要はないのだが、こうして話し合いを設けてしまうのは、やはり優子にも夫に対する情が残っているのかも知れない。もっとも、このしつこい話し合いの間も、全て録音している。
そうでなくても三年近い不倫で精神的に病みかけている優子は、こんなことが続けば自分が参ってしまうとわかっていた。早く新居を見つけて別居を急ぐことを望んでいる。




