事実をつきつけられる
「ところで、どちらまでお送りすればよろしいのでしょう?」
車に同乗したのはいいが、行き先も決めていないのだ。悪いが許された時間はそんなに長くない。とっとと決めてもらわないとえんえん車を乗り回すことになる。
「そうですね。では、大滝さんの職場へ行ってもらえますか。俺はそこからタクシーを呼びますから。」
「わかりました。」
交差点で、繁華街から外れる道へ左折する。
およそ20分ほどの道のりだ。その僅かな間に、宗像と優子は必要な対話をした。
不倫の事実確認。証拠を見せてもらえるかどうか。
そして、宗像の妻に慰謝料を請求したことに寄って、大滝克行に対して棟方浩未から慰謝料を請求することも出来ること。
「妻は、無断で撮影された写真をネタに脅迫されたと言っています。」
優子は思わずくすりと笑った。
「写真ですか。どの写真のことでしょうねぇ。あれだけカメラ目線でねぇ。」
その言葉に、宗像は目を剥いて驚いた様子だった。
察するところ、彼は妻の態度にいささかの疑いを持っていたが、ここまでのこととは思わなかったのだろう。せいぜい大きな買い物を黙ってしてしまったとか、友達と夜遊びをしていたとか。まあ、喧嘩の原因にはなりこそすれ、離婚の原因にはならない程度のやらかしではないかと。そんな風に思っていたらしい。
だからきっと弁護士からの郵便には本当に狼狽したと言う。久乃の実母から見せられたそれは、弁護士の名前が書かれた正式なものだったので、嫌がらせや冗談ではすまないことだと悟った。それで仕方なく、優子ならば職務上連絡がつくと思って呼び出したのだ。
久乃は中々尻尾を出さなかった。優子の夫と違い、随分と用心深かったようだ。
だが、不倫は一人では出来ない。
だから、相手の不始末が自分にも降り掛かってきたのだ。
会社の駐車場で車から降りる前に、優子は証拠となる写真や資料のファイルを宗像に見せた。きちんとまとめられたそれを見ただけで、彼は頭を抱えた。
あんなにも自信に満ちていたイケメン社長を、こんな風にしてしまった自分に自己嫌悪を覚えてしまったが、別に優子が悪いわけではない。ただそれくらいの沈み様で見ていられなかった。
この人も、自分の信頼が壊れる瞬間を、たった今体験している。
罪悪感が無いわけではない。
自分が口を噤んでいれば、なんの罪もない、この人とこの人の子供は何も知らないままで済んでいたかもしれない。家庭も壊れず、母親の信頼も威厳も無くさずに。普通の家庭のままでいられただろう。
しかし優子だって同じだ。
優子が一体何をした。夏樹が、春人が何をしたというのだ。何の罪もないのに傷つけられた事実は、相手の家庭となにも変わりはしない。
妻の不貞の確たる証拠を目にして、絶望する一人の男を眼の前にしながら。
サレ妻はただ、呆然と立ち尽くすしか無かった。




