走る社長
馬鹿にされたものだ。あんな状況でまともな話など出来るわけがない。憤慨しながらずんずんと足音も高く歩いていく。
まったくもって妻が妻なら夫も夫だな、と思った。
自分も、克行と一緒にいるうちは他人にそう思われるのだ。そう考えたら無性に腹立たしい。あんな男と一緒にされるのはまっぴらだ。
「待ってください!」
そう声をかけられたのは、駐車場が眼の前に来た辺りだ。
振り返れば、走ってきたのか息を切らせてその場に膝を折っている社長の姿があった。気のせいか、衣服と髪型が少し乱れているような気がする。
「お気に触ったのなら謝罪します。ごめんなさい。俺はただ本当のことが知りたいだけです。あの二人は置いてきました。どうしても今日付いて来ると言って聞かなかったので、一応、立場上誰にでも聞かせていい話じゃないから、仕方なく同行させたんです。決してあなたに無体をしようとは思ってません。」
優子は、わずかの間考えた。
怒りは完全に鎮まってはいないが、周囲を見渡しても確かにさっきの男二人はいない。置いてきたのは本当らしい。それに、お偉い社長さんがこんな全力疾走で自分を追いかけてきたということを、少し評価してもいいと思った。
「・・・小さな車ですが、乗られますか?」
優子のマイカーは小さな軽自動車である。黒塗りの大型車に運転手付きで乗っているだろう宗像が、はたしてうん、と言うだろうか。
示された車を見て、社長はすぐに破顔した。
「いいんですか?」
なんだか毒気をぬかれたような気分で、優子は車の鍵を開けた。
「シートベルトをお願いします。」
「了解しました。」
なんだかおかしなことになったな、と思いつつ、優子はエンジンを起動した。
夫と変わらない背丈の成人男性が乗るには少々狭い助手席に、ナイスミドルなイケメン男性を乗せて走ることになるとは思わなかった。
トランクやドアのロックを確認する。あろうことか、宗像社長は優子がトランクにスーツケースをしまう手伝いまでしてくれたのだ。
「奥さんは、いつ頃から気付いておられたのですか?」
車が走り出してすぐに、宗像は尋ねた。
「二年半、三年近くなりますかね。」
優子は前方を見つめ、運転をしながら淡々と答える。
「そんなに前から・・・。俺がおかしいと思い始めたのは、一年くらいです。やけに従姉妹の・・・あ、家内には身体の弱い従姉妹がいて、よく面倒を見に行ってたんですが、子供が生まれてからはめっきりそれも無くなってたのに、一年くらい前から急によく出かけるようになりました。最初は具合が悪いので心配だなと思ったのですが、どうもそういうわけでもなさそうで。」
顔色も変えずに優子は心中で納得していた。彼女は隠れ蓑になる人がいたのだ。だから怪しまれず出歩いていられたわけか。
だが、それも不自然と思われるほど頻繁になったいたわけだ。
「・・・ああ、先に言っておきますが、この車にはドライブレコーダーを装備してます。常に録画録音が出来る状態になっていますので。」
そう呟くように告げると、社長は興味深そうに狭い運転席の方を見回し、ようやくバックミラーに付属しているそれに気付いたようだ。
「大滝さんは、大変に用心深くていらっしゃいますね。」




