冤罪なのか?
買い物から帰宅すると、留守番をしてくれていた実母が真っ青な顔で久乃を待っていた。
「ただいまお母さん。どうしたの?顔色が悪いわ。」
買い物袋をキッチンへ置いて、洗面所へ行く娘の後を追うように、実母がついてくる。ビシッとフルメイクした顔が、強張っているのだ。
実母の白髪の一本すら見当たらない手のかかった髪型はショートボブで、顔も娘とよく似ている。久乃はロングヘアーだが、当然ながら赤みのかかったダークブラウンに染めていた。
「・・・あなた、何してくれたのよ。」
なんだか怖い声だった。
母は年の割には若く優しい声だとよく言われるのに。
手を洗って振り返った久乃の前に突き出されたのは、大きめの茶色の封筒だ。内容証明の添付が有る。
母同様に娘の顔色が悪くなったのは当然だった。
差出人に弁護士の名前が記されたその封筒は、内容証明。中身をあらためて受け取る郵便だ。母は、中身を見ているということにほかならない。
未だかつて見たこともなければ、一生見ることもないだろうと思われたそれは、宗像久乃宛に送られた、慰謝料請求の書類だった。
それでもまあ、受け取ったのが自分の母親だったのだからまだマシだと言えよう。万が一にも、これが夫や子供、姑だったりしたら大変なことになる。
一緒に食べようと用意されていた昼食もそのままに、二人はダイニングテーブルの席についた。
「ごめんなさい。・・・でも、これは仕方がなかったのよ、事情があってどうしても会わなくちゃいけないことになって、それで」
わっと両手で顔を隠し泣き伏す久乃。
よりにもよって、不倫による慰謝料請求などという書類が届いたのだ。既に中身を全部読まれているのではごまかしようも隠し立ても出来ない。泣き落とし以外に何も方法が思いつかなかった。
「事情って?なに?何があったの?聞かせて頂戴?」
「その、・・・えっと、弱みを握られてて、あの」
「あなたに弱みがあるの?いったいどんな?脅迫でもされていたのかしら?可哀想に。」
泣いている娘に対して、実母は追求の手を緩めなかった。久乃の母親も財産家の娘だからお育ちがいい。何があっても娘の味方をしてくれるはずだ。実母を納得させるような事情を、必死で考えた。どんな嘘でもかまわない、どんなでっちあげでもいい。自分は何も悪くない、そんな理由はないか。
ここ数年でこんなに悩んだことがあろうかと思うほど考えた。
「あの、・・・変な写真撮られて、それを強請りの種に関係を迫られていたの。あたしはなにも悪くないのよ。被害者なの・・・!」
「なんですって!!」
母親は真っ赤になって怒りを顕わにし、
「なんてこと!!悪質過ぎるわ。警察に言いましょう!!あなたは悪くないのよね!!」
あまりにも真っ当な対処を口にした。
久乃は、内容証明を見たときよりも焦った。
そんなことをされたらもっと大変なことになってしまう。
「お母さんは、あたしの恥ずかしい写真が世間に知られてもいいの?警察に言うなんてことが出来るものなら、とっくにやってたのよ。」
「そ、そうか。そんな不名誉なこと、あなたにはさせられないわよね。困ったわ・・・。でも、ね、お母さんはあなたの味方だからね。何か方法を考えましょう。いいわね?早まったこと考えないのよ?」
ひとまず、通報だけは避けられ、心の中で安堵のため息をついた。




