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あなたの自由を許せない。  作者: ちわみろく
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水素よりも軽い

「ここまで来てまだそんな寝言が言えるのは、反省も後悔もしていない証拠ね。わたしはやってもいいのよ、裁判だろうが調停だろうが、いくらでも受けて立つから。不倫の原因を夫婦の不仲だとかいいだしたら、この間の録音を尋問で披露してやる。第三者も傍聴人もいるような法廷で、恥をかかせてやるんだから。」

「だからさ、そういうの止せよ。脅してるだけなんだろ。俺のことそんなに怯えさせて楽しいの?そんなにお前って意地の悪い性格だったんだ?」

「そんな性格の悪い女とどうして結婚したんでしょうね?わたしも将来不倫して家庭を壊すような男はやめとけと、過去の自分をひっぱたいて目を覚ませと、そう言いたいわ。夏樹も春人もあなたじゃなくて別の人との間に産めばよかった。そしたらもっと幸せだったかもね?・・・流行語で親ガチャでしたっけ?ハズレ引いたなぁとよく春人が言ってたわよ。言われたわたしがどんなに申し訳ない思いだったかわかるかしら?」

「み、春人がそんなこと言ったのか。」

「夏樹だって思ってるでしょうよ。本来なら自分たちのためにかけてもらえるはずだった教育費も生活費も、父親の不倫に消費されてしまったのよ。シティホテルでの宿泊やらお高いディナーはさぞかしいい気分だったんでしょうね?ツルシじゃないスーツなんか見栄張って買って、結構なご身分ですこと。親子で過ごすはずの大事な時間もぜーんぶよその女性に持っていかれたのよ。春人の中学のバスケの試合の時、約束破って来なかった。すっかり忘れて不倫してたでしょう!夏樹の三者面談だって来なかった。全部わたしにお任せだったわよね。塾の送迎も来てくれなくて泣いてたことだってあるんだから。お金はこれからでも稼げばいいけど、時間は二度と取り戻せないんだからね!!」

 一息に言い切ったせいか、優子の呼吸が荒い。

 いままで抑えていた分のあったのだろう。言ってやりたかったことはまだまだある。一晩かかったって言い終わるわけもない。

 ここまで言われれば、さすがの克行も本当に言い返せなくなる。

 そう、一度は反省するのだ。だが、そのうち忘れる。そこまで大したことじゃなかっただろうと、勝手に自分都合に考え始めるのだ。つらつらと自分に都合のいい言い訳をあちこちから拾ってきて、自分は悪くないと被害者意識を持ち始める。

 そういうのに振り回されるのも真っ平御免だ。一度は承諾した事にも後になって自分都合で撤回したりする。深く考えていない証拠である。今回もひょっとしたら優子の父親の前ではしおらしく従順でいたけれど、自宅に帰ってきたら息を吹き返したように文句を言い始めた。あの反省の態度はなんだったんだ?

 エプロンのポケットに入れているスマホをちらっと見て、優子は続けた。

「・・・わたしは常にあなたとの会話は録音しています。平気で以前と違うことを行ったり嘘をついたりしたらすぐに証拠付きで追求できるんだからね。後で気が変わったとか状況が違うとか、言い出さない方がいいわよ。恥をかくのはあなただからね。」

「・・・えっ。録音?あの時だけじゃなかったのか?」

 ずっと一緒だとかなんとか、少しばかり恥ずかしい台詞を言った時。

 眼の前の鬼のような妻は、あの時、その録音を宝物にすると言って涙ぐんではいなかったか。そういう言葉をかけて欲しかった、健気で可愛げの有る妻のはずではなかったのか。

 呆気にとられたような顔になった賢は、みっともなくまた項垂れる。

「あなたが不倫してるなって確信した時からずっとそうしてるわよ。一年以上にもなるかしら。データが貯まっちゃって整理が大変だわ。」

「・・・ずるいだろ。」

「あなたのスマホを見るよりずっといいんじゃないの?自分の発言には責任を持ったほうがいいわよ。あなたの言うこと、水素より軽い。」

 有る意味騙されていたのは、夫の方なのではないか。

 そう思わずにいられないのは、克行が被害妄想気味だからなのか。

 だが、全てがもう、後の祭りだ。

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