帰省しないわけ
結局外で焼き肉を食べてきた子供と祖母が戻ってくると、優子と克行は時を置かず実家を辞することになった。今思えば、祖母が気を利かせて子供を外へ出していてくれたのかもしれない。
帰りの車中でも、子供たちに全てを知られていると確信してしまった今となっては行きでの車中とは違う意味で、何一つ声をかけられない父親だった。
今までに妻が何度も子供たちが知っていると言っても、でまかせだと思っていて、彼らが自分を無視するのは反抗期が理由だと思い込んでいた。
だが、舅から長男の春人が妻の実家に下宿したいなどと申し出ている話を聞き、更には同級生の親が不倫相手だと知っていたことまでわかると、もう、言い訳も父親の威厳もへったくれもありゃしないのだ。
自分だって、想像してみるだけでもぞっとする。クラスメートの親と自分の親が不倫しているなんて、決して気持ちのいいものじゃない。いや、むしろ気持ちが悪いだろう。想像の範囲でしか無いが、春人に対して申し訳ない気持ちはあった。
お通夜よりも静かな車内で、もはや何も言葉を発することのない夫に、優子が更に失望を重ねる。せめて子供たちに対して謝罪するとかなんとかしてくれるのならまだ、少しは子供の態度も軟化するかも知れないのに。
自宅へ戻ってから妻の出してくれた昼食も味がしなかった。ダイニングテーブルで向かい合って食事をしていても、会話の一つもない。
ここまでようやく事の重大さを理解した克行は、もう戯けることも惚けることも出来ない。美味しいともなんとも言えない食事を取りながら、考えた。
せめて、一言だけでも、久乃に伝えなければならない。
自分がここまで追い詰められているということを。
その飛び火が彼女の元へ行くかも知れないことを。
けれども、久乃はもう克行からの連絡を待つことなど無くなっていた。
正月になっても、大滝家はいずれの実家に行くこともなく自宅で過ごすことになった。毎年顔を出していた克行の実家から電話が来たが、優子はもうその電話を取ることも無い。スマホにかかってきても無視である。そうなれば実の息子である克行のスマホに矢のような催促だ。
「・・・春人が受験生だから。今年は行けない。」
離婚が決まっているからとは、まだ言えずにいた克行は息子の受験を理由に行かないことを素っ気なく告げる。
そう言われれば流石に喧しい義母もそれ以上来訪を促すことも出来なかったのだろう。合格が決まったら必ず来るようにといい含め、しばらくの間はおとなしくなった。
2月に入り、春人の入試が終了しても音沙汰が無いことを心配し、再び克行の両親が連絡してくる。
だが、もうこの時には自分の両親を気遣う余裕など無かった。
合格が決まったらすぐに、春人は引っ越しのため荷造りを始めていたのだ。何度も入学祝いを渡すから来いと父親の両親が言ったけれど、春人は完全に無視だ。
県外の高専は、学区外ということもあって競争率が高く、偏差値も上がる。克行が学生だった頃には、とても手の届かなかった偏差値だ。市内の普通高校よりもずっと高い。
自分よりも頭がいいことを三年前には娘に証明され、今年は息子にも証明された。それは、母親の血筋かも知れないし、努力かも知れない。少なくとも父親のせいではない。克行は二人の勉強を見てやったことなど一度も無いからだ。
自分は子供のことを見ていなかったのだ。家庭が壊れて当然だろう。夏樹と春人が、倦むこと無く教育を続けてくれた妻の優子の肩を持つのは当たり前だった。
久乃の娘はどうなったことだろう。あれから一度も連絡をしていないし、学校でのことはおろか自分とは全く会話してくれない春人だから、知る由もない。
受験が一段落ついた今、いつ妻から彼女へ慰謝料請求がいくかわからないのだ。
久しぶりに、克行は久乃に連絡することにした。




