相手を庇う
すみません、お話の順番を間違えてしまいました。
今回の投稿は前回の投稿と前後してしまいますので、順番を変更して投稿しなおしました。
大変失礼しました。
37話と38話は入れ替わっています。すでに37話を読み終わっている方は38話を読む前にもう一度37話を読んでいただければ、よりスムーズにストーリーが進むと思います。
よろしくおねがいします。
すっかり肩を落とし、俯いて顔を上げられなくなった克行は正座したまま、その場で固まってしまった。
もうここまで知られてしまった以上、言い訳も何もないだろう。
久乃の繊細な横顔が瞼に浮かぶ。
彼女だけは守らないと。
不倫をした自分はもう自業自得だが、彼女は自分に付き合っただけだ。この恐ろしい妻の標的にするわけにはいかない。
俯いたまま、克行は少し下がって座布団から退いた。そして、いわゆる土下座の姿勢をとって、額を畳にこすりつけた。
「・・・俺のことは仕方がない。相手にだけは迷惑をかけないでくれ。」
まるで美しい深層の令嬢を守る騎士のような気持ちで、頭を下げ、情けない姿を晒す。
その瞬間、優子は冷ややかな眼差しで夫を見下ろした。
「不倫は一人では出来ないわよね。責任は二人にあるとわたしは思います。」
「彼女は何も悪くないんだ。俺が悪い。だから、頼むから、彼女には何もしないでもらいたい。頼む。」
とてつもなく大きな音を立てて、優子の父親がちゃぶ台を叩いた。
はっとして顔を上げた克行が見たのは、未だかつて見たことがないほどに怒りの形相の義父だ。
「君には失望したよ。どこまで娘を馬鹿にすれば気が済むんだ。」
「馬鹿になんて、そんな・・・俺は、そんなつもりじゃ。」
怯えた声が震えている。
「君は不倫を反省しないばかりか、不倫相手をそんなに庇うのだろう。馬鹿にしてるとしか思えない。・・・本当によくわかった。優子、もう何の容赦もいらないだろう。離婚協議を進めてくれ。決めるべきは慰謝料に養育費に財産分与だ。お前が気が済むまでやるがいい。夏樹と春人の事は私が責任を持つ。いつでも連れて帰ってきなさい。」
「お、お義父さん・・・!」
「二度とお義父さんなどと呼ばないでくれるか?君のような男に娘を嫁がせてしまったなんて優子にも母さんにも申し訳立たない。孫たちも不憫で仕方がない。もっとマシな父親のもとに生まれたかっただろうに。」
「な・・・っそんな・・・」
あまりな言われように、さすがの克行も反論しかけるが、言葉が続かない。
立ち上がった義父はそのまま客間を出ていってしまった。
居心地の悪い客間には、サレ妻とシタ夫だけが残される。
ちゃぶ台の上のファイルを閉じて、優子が床の間の引き出しにそれをしまった。
「・・・なんで、なんでこんなことに・・・」
夫は悔しそうに呟いている。
「お前がちょっと目を瞑ってくれれば済むことじゃないか・・・!こんな大事にして、取り返しがつかないぞ。どうしてくれるんだ・・・。」
まだそんな往生際の悪いことをブツブツ言っているのかと、本当に呆れた。
「ちょっとどころか、何年も目を瞑りました。そのわたしの瞼をこじ開けてきたのはあなたの迂闊さでしょ。子供に知られるなんて醜態、最低だって言ったじゃない。浮気も不倫も、墓場まで持ってくくらいの慎重さでやんなさいよ。よりにもよって思春期の難しい年頃だってのに、その同級生の親となんて。恥を知りなさい。あなたが夏樹や春人の立場だったらどんな気持ちよ?」
そこまで言われないと、わからないのだ。この男は。
どうして春人が父親と顔を合わせようとしないのか。口を聞こうともしないのか。夏樹がろくに顔も見せてくれないのか。
そう言えば、克行自身も自分から彼らに声をかけなくなっていた。反抗期だろうと放置してから、随分時間が経っていたことに気がつく。
思い出すのは、小学生時代の春人の、まだ幼い顔。まだ小柄だった息子が、きらきらと輝く目でお父さんのように大きくなりたいな、と言っていた。100点の答案用紙を見せに嬉しそうに自分の膝へやってくる夏樹の顔。褒めて褒めて、と甘えた声で寄ってきた。
「・・・っくぅ・・・」
声を殺して、夫が泣く。
あんなにも可愛い子供たちに、二度と消えない深い傷を刻んでしまった。
そして、この時になっても、妻の優子は自分自身の事は言わないのだ。
自分のことは耐えられる。大人だから。そう言っていた。
耐えられるかも知れないけれど、だからと言って傷つかないわけがない。
克行は、三年もの長い間、妻をずっと傷つけ続けてきたのだ。




