暴露する
はっとして妻の方を振り返る。
「お前、お義父さんにしゃべったのか!」
優子はまるで嘲笑うように、意地の悪い笑みを浮かべてみせた。
「あら、あなただって自分のご両親に喋ったじゃない。それも、随分と事実を湾曲して教えたわよね?寝言がどうとか、そんな話したこともなかったのに。どうしてわたしが自分の親に言ってはいけないの?悪いけど、わたしはあなたと違って全部事実を父に伝えているわよ。」
妻の正論に言い返せない。
感情的に怒鳴りそうになりながらも、ここが妻の実家でしかも舅の面前であることに気付く。
義父はちゃぶ台の向こうに座って品定めでもするようにこちらを見ていた。
「あの、・・・誤解なんです!妻が、優子さんが誤解して、勝手な妄想を」
「ほう。全部うちの娘の妄想だというのか。」
「そ、そうです!」
「では、孫たちのことはどうなんだ。春人はもう家で父親と一緒に暮らしたくないから、進学先が決まったらここに下宿したいと言いに来たんだぞ。」
「えっ!?」
反抗期だとは思っていたが、ここまでとは。
「君は随分と気楽に考えていたようだね。春人は君と女性が商店街で一緒に歩いているところを偶然見かけたそうだよ。それ以来、学校に行くのが苦痛でしょうがなかったと打ち明けてくれた。理由がわかるか?」
「・・・理由?」
「不倫相手は春人の同級生の親なんだって?」
「そんなの、嘘です!春人の思い過ごしですよ。そりゃ、俺だって仕事でよその女性とであることくらい有ります。」
「呆れるほど陳腐な言い訳だな。」
義父ははじめて婿である克行を睨みつけた。
「ずっとこの調子か?優子。」
娘に水を向けると、娘は呆れたように息をつく。
「誤魔化してとぼけてどうにかやり過ごそうってしてるの。ずっとそう。平気で嘘八百並べて、なんとか蓋をしようと必死よ。少しでも正直に喋ってくれて、こちらに対して誠実になってくれればまだやり直そうとも思えたけど、もう無理。」
克行は優子の方を睨みつけた。
自分を実家へ連れてきて、義父の前でつるしあげようなんて、随分とひどい目に遭わせてくれる。夫婦の問題は夫婦で片付けるべきだろうに。
「・・・その上、昨日はわたしを夫の実家へ連れて行って、わたしが苦手なお義母さんにいい加減なこと吹き込んで説得させようとしたのよ。その上、ゆくゆくは同居して介護させるなんて言い出したの。もう絶対に信用できない。」
「同居?介護?・・・それは初耳だな。克行くん、うちの娘は一人娘だからね。結婚は許したけど、君のご実家に差し上げるつもりで結婚させたわけじゃないよ?それは結婚の挨拶に来たときにも言ったはずだが?」
「そ、それは・・・まあ、時間が経てば状況も変わりますし、色々と事情も」
「話にならないな。」
「そんな、お義父さん!」
優子の父親が腰を上げ、和室の床の間にある引き出しをひいて、大きなファイルを取り出した。それをちゃぶ台の上に置いて、克行の眼の前に差し出す。
「娘がたった一人で調べ上げた君の不倫の状況だ。もう三年近い付き合いになるそうだね。一度知り合いの弁護士に見せたけど、裁判でも有効になると太鼓判を押してもらったよ。これらの全てを君は優子の妄想だと言うんだね?」
おそるおそる手を伸ばしてファイルを開く。
開いてすぐに、例の写真が貼られたページ。そしてその次のページには、妻の手書きのメモが付箋で貼って有る。メッセージアプリのやりとりを印刷したもの。手書きの会話文が書かれている紙。内容を見てはっきりとわかった。ドライブレコーダーの録音や録画を文字に起こしたものだ。ところどころ写真もある。動画を静止画にしてプリントしたのだろう。克行が久乃と宿泊したホテルや食事を楽しんだレストランなどが印刷されていた。
血の気が引くとはこういうことを言うのだろう。
克行の顔がみるみる白くなっていく。
「それ、全部コピーだから。写真は合成じゃないことも説明出来る。その道のプロが見れば画像解析で簡単に出来るそうよ。ご丁寧に日付もついているから、立派な証拠になるって。もっと言うと、あなたがこの証拠の場所にいる時、なんてわたしに嘘をついていたのかも全部メモをとって置いてあるからね。残業とか出張だの休日出勤だの、よくまあ言えたもんだわ。あなたの会社の総務にも確認済み。あなたが休日出勤した事実も出張した事実はゼロですって。」




