目には目を
「わかりました。土曜日の午後にうかがいます。」
出来る限り手短に済ませ、電話を切る。
「もう着信拒否でよくない?あたし、あっちのばあちゃんキライ。いつも従姉妹と比べてくるから。本当にムカつく。」
「その手があったか。」
くすりと笑って、母は娘の提案に乗ろうかと思った。
従姉妹というのは、夫の克行の兄の子供だ。義両親にはもう一人息子がいて、優子には義兄に当たり、夏樹にとっては叔父になる。まあよく出来た長男でよく出来た長男の嫁なのだそうだ。さらにはよく出来た孫だとかで、何かと比較される。そのよく出来た長男夫婦は都心に家を買って実家にめったに顔を出さないが、時折には連絡を入れてご機嫌取りを欠かさない嫁らしい。そして、義兄夫婦には娘が二人いるのだが、ご血筋のせいだかなんだか知らないがお綺麗でお嬢様であらせられるらしい。愛想もよくめったにあわない祖父母にいい顔をするので、覚えもめでたいと言うやつだ。
確かに夏樹は余り愛想はない。だが、あちらの従姉妹よりも成績は優秀だ。少なくとも優子はそう思っているし、優子の両親には懐いている。優子には他に兄弟がいないせいもあり、孫にとても甘いからだ。
「チャラチャラしてる従姉妹もキライ。頭ん中おがくず詰まってんじゃない。SNSの話ばっか。見栄えがいいだけのアホなんじゃないかな。」
相変わらず娘の言葉は辛辣だ。
「・・・そういう女の子もいるのよ、世の中にはね。」
「知ってるけどさ。」
それからすぐに、優子は自分の実家に電話をかけた。
「おかえりなさい。お義母様から電話があったわよ。今週末土曜日に、うかがうことになった。あなたも一緒に行くんでしょう?」
夫が帰宅してすぐに告げると、克行は少しだけ安堵した顔を見せた。
義母の呼び出しに応じる風を見せた妻に、安心したのだろう。
「あ、ああ行くよ。」
「子供たちはお留守番でいいわよね?夏樹は塾があるし、春人は受験生ですもの。」
「それもそうだな。」
上着を脱いでリビングのソファに置いた克行は、母親がすぐに動いてくれたことを知って心の中で感謝した。
母親には相談、という形で話を持っていき妻を説得してほしいと頼んだ。妻が勘違いをして勝手に自分の浮気をでっち上げている。離婚するなどと騒いでいるので、なんとかして欲しいと持ちかけた。
克行の母はそれをきいてすぐに妻に電話をかけたらしい。何かと言えば、近場に住む次男夫婦に関わりたがる母なのだ。頼りにされて嬉しいのだろう。子供が大きくなった最近は足が遠のいているので、きっと待ちかねているに違いない。
夕食の支度をしている妻を横目で見ながら、これでどうにかなると思った。優子は克行の母親のことが苦手なのだ。だから、義母である母親から強く言われれば逆らえないだろう。
上着のポケットからスマホを取り出して操作しようとした時、家の電話が鳴った。
自宅の電話は基本的に妻が出る。
「はい、大滝です。」
妻は電話機の子機を持って、つかつかとリビングへ歩いてきた。
「あなたにって。」
夫に子機を手渡すではないか。
自宅電話に用事があってかけてくる知り合いなど、互いの両親くらいしかいない。
「・・・え?」
受け取りつつも、不安になりながら妻の顔を見る。まさか、自分の親がまたかけてきたのだろうか。
優子はにっこりと微笑んだ。
「わたしの父が、あなたと話したいそうよ。」
相手の意外な伏兵に、驚愕する。
いや少しも意外ではなく充分に予測でき得る相手だったのに、失念していたのだ。
そりゃそうだ。こっちが自分の親を出してくるのなら、向こうだって同じことをしても何もおかしくはないだろう。
だが、克行は気を取り直した。なんのことはない、自分は妻の父親とは年齢が近いせいもあって仲がいい。妻が自分の母親を苦手としているのとはそこが違う。
「久しぶりだね克行君。今度の日曜日にでもこちらへ来ないか。そろそろクリスマスプレゼントのリクエストを聞きたいんだ。孫たちも大きくなったから、結構高額なプレゼントを欲しがるだろう?聞いておかないと用意できないからね。」
舅の声は若々しく明るい。
もしかしたら、夫婦仲のことについて言及するのかと思ったがそうでは無いようだ。
「もちろん行かせていただきますよ。春人と夏樹はどうするか聞いてみますね。」
「孫たちが来られないなら、優子と君だけでもいいから顔をだしてくれると嬉しいな。遠くてすまないが、よろしく頼むよ。」
「わかりました。」
快い返事をする夫を、妻はじっと見守っていた。




