助っ人
話がちっとも進まないままに年末を迎える時期になる。
子供に聞かれたくないので自宅で話し合いをしたくなかった。だから、優子は夫にメールを送る。
”書類の方はいつになったら記入していただけるのでしょうか。”
返答はない。ないので、しつこく二度三度と同じ内容で送ると、
”離婚する気はない。書類など知らない。”
と、返ってきた。
もう猶予はない。来年には春人の進路は確定する。
”よくわかりました。では、内容証明を送ります。あなたには会社に。お相手にはご自宅に。しっかりとご覧ください。”
途端に電話がかかってきた。
残業中ではなかったのか、という時間帯だ。
「勝手なことしないでよ。会社になんかそんなもの送られたら皆に知られて恥をかくだろ。それに相手なんかいないんだよ。いつになったらわかってくれるの?」
「わたしは時間を差し上げたしあなたの誠意のある態度を待ちましたが一向に改善が見えませんでした。お相手の情報を教えてくれなかったので、こちらで送るしか無いでしょう。・・・とっくの昔に相手の名前も住所も知ってたのよ。」
「じゃあ、なんで俺に聞いたんだよ、わからないからだろ?」
「あなたの誠意を試したんです。でも、もういい。あなたは何一つ家族に対して誠実じゃなかった。あなたに入れ知恵をしたお相手もね。微塵も悪いと思っていないのだということがよくわかった。もう、容赦はしないから。」
「ちゃんと早く帰宅してるし、ちゃんと働いてるじゃないか。家事だって言ってくれれば手伝うよ。どこが駄目なんだよ、言ってくれよ。馬鹿なことは止めてくれよ。本当に、誤解なんだ。何もないんだよ。」
情けない声音で縋り付くように言う夫に、優子は一片の情けもいらないと思っている。
早く帰宅することもきちんと働くのも当然のことだ。家事を手伝うとか、そう言っている時点でもうおかしい。家のことは家族が自分でやるもの。お願いして手伝ってもらうのではない、自分からやるのだ。
この人は、何もわかっていないし、わかろうともしていないのだ。
冷静に淡々と、用件のみを言う。感情的にならないことが大切だ。それが、優子自身の心のブレも止めてくれる。相手の感情に流されないように。
「・・・どうして、なんでわかったんだ?」
観念したのか、苦しそうに克行が呟いた。
でも、騙されない。
どんなに夫が情に訴えかけてきても、冷たく突き放す。
「書類のサイン一つしてくれないあなたに、どうしてわたしが種明かしをすると思うの?」
感情を押し留めて、言ったつもりだ。
声だけは平静に。
自宅のダイニングで電話する優子の頬には、幾筋もの涙がこぼれ落ちているとしても。
「もしもし、優子さん?」
夕食前にかかってきた家の電話から聞こえてきた声は、紛れもなく義母のものだった。思い切り顔が引きつるのを堪えきれない。
「・・・こんばんは。ご無沙汰しております。」
しかめ面を目の前の娘に笑われつつ、優子は口調と声音を取り繕った。
「克行から聞いたんですけど、なんか揉めてることがあるそうね?ちっとも機嫌を直してくれないって困っていたのよ。いい年をして恥ずかしくないの?」
ひゅっと息が止まる気がした。
元々苦手な義母である。
その苦手な義母に、克行は助けを求めたのだろう。
年齢の割には若そうに見えるが、その分キツい外見の義母。逆に義父の方は柔和な見た目で優しそうだし、ほとんど何も言わない。
今は二人共引退して悠々自適の隠居生活。住まいは同じ市内だが、子供たちが大きくなってから余り足を運ぶことも無くなった。
「それは、大変申し訳ありません。ご心配をおかけしました。いい年をしてご両親にまでご迷惑をおかけするなんて、本当にお恥ずかしい。」
「なんか大げさに離婚なんて言葉まで出ているそうじゃないの。今度の週末、うちにいらっしゃい。克行とちゃんと仲直りしたほうがいいわ。」




