子供の気持ち
腹立たしい。同じ屋根の下にいることさえも悔しいくらいだ。そんなふうに、しばらくの間は自分でもびっくりするほどに怒り狂っていた。
だってそうだろう。学校に行けば、父親と一緒に歩いていた不倫女にそっくりな同級生が、何も知らず楽しそうにそこで友達と談笑している。家族を、息子の自分をほったらかしている原因が、あの女子生徒の母親なのだと思えば、複雑を通り越してもはや憎悪の対象だ。
部活で一緒だった外谷に、つい、両親の不仲について話してしまったことがあった。すると、外谷も彼のことを教えてくれた。外谷の両親は別居しているのだそうだ。妹が一人いるが、父親と同居しているので離れて暮らしている。
外谷がぽろりと言った。
「大好きの反対は大嫌いじゃなくて、無関心なんだってよ。」
「えっ・・・」
ははっと軽く笑ってそう言った友人は、ばしばしと春人の肩を叩く。
「むかつくのは、まだお父さんのこと好きだからだろ。俺なんか、もうなんとも思わなくなったもん。連絡とかあるとオフクロが荒れるから、あんま関わりたくないって思うくらいで。」
友人と自分の場合は違う。立場も条件も違うから、一概に同じとは言えない。けれど、外谷の言葉は心に響いた。
やがてほとんど父親と顔を合わせない日々が続くと、それが当たり前の日常になった。母親も姉も、嫌いな父親に対して言及することがほとんど無くなっていく。顔を見ればなんとなくまだムカつくが、徐々にどうでもいい存在になっていった。
そうなってやっと、友人の言葉に得心いった気がしたのだ。なるほどな、と思った。いないものと思えば、もうどうでもいいのかもしれない。
姉の夏樹はもっとドライだ。
「幻滅とかそんなんじゃない。元々父親に対しての期待値も高くなかったし。とにかくお金だけ稼いでくれればそれでいいのよ。それ以上もそれ以下もいらない。それすらもしてくれないって言うのなら、本当にいらない。同じ空気も吸いたくない。」
「そんなもんか。」
「あたしちらっとスマホのメッセージ見えちゃったんだけど。馬鹿じゃないの、って思った。これであたしの倍以上も生きている経験豊富な社会人とか、笑っちゃう。恥も外聞もなく、漫画みたいな台詞並べちゃってダサい。」
夏樹の意見は辛辣だ。親に裏切られて恨んでいる、というよりも、一人の人間として軽蔑しているのがはっきりわかる。
もしかしたら、それは姉なりの虚勢の張り方なのかもしれないが、うじうじと悩む自分から見たら感動に値した。やはり姉には敵わない、と思ってしまった。
「だから、あたしはお母さんの味方。お母さんはきっと子供のあたし達には知られちゃいけないって気を使ってた。でも、泣いてる日もあったよ。春人もお母さんの味方でしょ?」
「そりゃ」
「お父さんに負けないように、がんばりましょ。まずは味方作るのよ。」
「味方?」
「おじいちゃんとおばあちゃん。お母さんのお父さんとお母さんなら味方になってくれる。遠いから距離は有るけど、電車でならあたしらだけでも会いに行けるじゃない。お母さんに頼んで会いに行こ。」
夏樹が、まるでわくわくしている、とでも言う風にその提案をしてきた時。
春人もまた興奮した。
どうしていいかわからなったのに、はじめて何をしたらいいのか道筋をみつけたような、そんな思いだった。




