表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの自由を許せない。  作者: ちわみろく
29/62

昔取った杵柄

 優子が夫に離婚を突きつける暫く前のこと。



「母さん、すげぇなー。こんなこと出来るんだ。」

 リビングに持ち込んだパソコンの画面に、無数の文字や数字が流れていくのを見て、春人が感嘆の声を上げた。

「昔取った杵柄って奴でね・・・。」

 夫の克行は日曜日だと言うのに仕事だとかなんとか言って外出している。

 夏樹も友達と出かけていたため、息子と二人きりだった。


 夫が使っていたメッセージアプリは、世間でよく使われているものと違い、余り知られていないマイナーなものだった。

 何故そんなアプリを夫が知っているかと言えば、それは、かつて優子が教えたものだからだ。余りに人に知られていないメッセージアプリだよ、と言って、まだ独身だった夫に教えたことが有る。

 そして、それを何故優子が教えたのかと言えば。

 そのアプリを開発した会社に勤めていたからである。さらに言えば、アプリ開発に携わっていた。優子の前職は、アプリケーションエンジニア。

 そんなことも忘れて、克行はこのアプリを使って久乃とやり取りをはじめたのだ。

 こんな馬鹿な話があろうか。

 優子の手にかかれば、夫がこのアプリを使って送り合っていたメッセージを復元することもメッセージに添付した画像を引っ張り出すことも出来てしまうのだ。

 大学を卒業した優子が就職したのは、端末で遊ぶゲームの開発、自営の商店やちょっとした零細企業が使うようなネットワークシステムの構築を売りにする会社だった。そこで開発の仕事を覚え、鍛えられ、一人前のエンジニアになった。仕事はきつくて忙しくて大変だったが、仕事の面白さに目覚めていた彼女は、結婚しても辞めたくなかった。大手ではなかったけれど、それなりに業績を上げていたので、働いたら働いただけの報酬を約束されていた。

 当時久しぶりに年末年始に実家へ戻るために特急に乗った鈴子は、偶然隣りの席に座った克行に出会い、意気投合したのである。その時は楽しかったけれども、さすがに初対面の男と連絡先を交換することは無かった。克行は上京した友人と遊んだ帰りだったと言っていた気がする。

 そして、数日後に会社へ戻るために上りの特急に乗った際に、またも同じ電車で克行に再会したのだ。もう運命じゃないかと笑った二人は連絡先を交換し、そこから、二人の付き合いは始まった。

 会話の中で、どんな会社に勤めているの、と尋ねられた時に紹介を兼ねて教えたメッセージアプリ。こんなのを作っている会社だよ、と。

 エンジニアは納期が近づけば残業が続く。さすがに弱音を吐きたくなる時が有る。だが社外秘を洩らすわけには行かないので、仕事内容については外で話すわけにいかなかった。勿論、身内にも、彼氏にも。

 だからか、克行はその当時のこともすっかり忘れてしまったのだろう。もしくは元々たいして関心がなかったのか。仮に覚えていたとしても、現在自分の妻がそのアプリの会社にいるわけではないので、油断していたのかもしれない。

 だが、かつてこの開発に携わった優子が忘れるわけない。父親のスマホの画面を偶然覗いてしまった長女が、メッセージアプリの画面の詳細を語ってくれた時に、すぐに判明した。優子はかつての同僚だった知り合いに連絡し、解析してもいいかと特別に許可を取って、夫と不倫相手のメッセージを復元した。

 さらに迂闊なことに夫は自家用車で不倫相手と出かけている。

 ドライブレコーダーが全部記録していた。

 彼が不倫相手といつどこへ出かけていたのか一目瞭然だったのだ。それすらも気付いていない。家を出てから帰宅時間、行き先、車内の会話まで全て筒抜けである。

 とことん馬鹿な男なのだ。おめでたい。バレないと思っていたことが信じられないくらいに、警戒心がない。そして、それだけ彼は妻や家族に興味関心がなかったと言えるのだ。

 長男の春人は、外で見かけた不倫相手の顔に見覚えが有ったという。中年とは言え結構な美人で派手だから、すぐに思い当たったそうだ。優子が探り当てた名前を聞いて、随分とショックを受けていた。

 よもや、自分の同級生の保護者だったとは。


「なあ、こういうの俺も出来るようになる??」

 春人が嬉しそうに画面を覗き込んで言う。

「努力次第よ。為せば成る為さねば成らぬ何事も、ってこと。」

 キーボード叩きながら母が答えた。

 息子が工業高校や高等専門学校を調べ始めたのは、この日からだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ