病んで、弱る
滅多にメールなどしてこない妻から連絡が入ったときには驚いた。
”腹痛と下痢が続いたので医者に行きます。『ウィスル性胃腸炎』と診断されました。感染ったら困るので、外食して来てください。”
あと5分で定時上がり、という時間帯だ。
朝、克行が家を出る時、そう言えば妻は朝食も飲み物も一切手を付けていなかった気がした。自分が出勤した後にゆっくり食べるのだろう、と思っていたのだ。
そう言えば昨夜の夕食も余り進んでいなかった気がする。
最近は少しずつでも夕飯の時間に間に合うように帰宅しているのだ。相変わらず、子供たちは素っ気ないが、時間が会えば、優子は一緒に食卓についてくれる。
早く帰ってそばにいてやったほうがいいのではないか。そう思い、もう一度職場の壁にかけてある時計に目をやった時、小さめに設定している着信音が鳴った。
久乃から一緒に夕食をとろうというお誘いだ。
そう言えば前回の約束も反故にしてしまっている。それでもこうやって再び連絡をくれるのだと思うとやはり嬉しい。
具合の悪い妻のことが気になるが、外食してきてほしいと言っているのだ。感染を避けるための彼女の配慮ある言葉である。
克行は久乃に落ち合う場所と時間を送り、妻にはメールを返信した。
”無理しないで。お大事に。外で食べてくるから俺のことは気にしないで、ゆっくり養生して。”
よく出来た女房だと思いながら、克行は仕事に戻った。
久しぶりに久乃に会えると思うと浮き立つ気持ちになっている。やっぱり、あんな美人と会えるのは嬉しいものだ。
昨夜からの腹痛と下痢が止まらなくて、優子は会社を休んで受診した。家から一番近い内科である。
「奥さん、点滴受けていくんだよ。脱水起こしてるからね。んで、点滴終わっても少し休んでからおうちに帰んなさい。薬は出しておくから。胃腸炎はね、結構辛くて消耗するから。手洗い消毒しっかりね。お大事に。」
近所の内科は、院長のぶっきらぼうな言動が時に勘に触るが、その対応や治療は的確なのだろう。平日の朝から結構混み合っていた。待合にいる時に何度もトイレに立つ姿を見つけた看護師が、特別に先に診察室へ入れてくれたのだ。
処置室で点滴を受けたあとには、少しだけ落ち着いて、一時間ほど眠ってしまったようだった。
目覚めてすぐに職場に連絡し、娘の携帯にも連絡を入れる。息子は携帯を持っていないので、娘に連絡を頼んだ。
「そういえば」
自宅に帰宅する時には、デリバリーの夕食を頼んでおいた。その金額を確認していたときに気がついたのだ。夫に連絡していないことに。
我ながら、ひどいものだ、と思った。
自分が体調を崩した時に最初に頼らなくてはならないはずの夫なのに、連絡は一番最後。しかも、忘れていたという。当然ながら、デリバリーも三人分しか頼んでいない。頼る気もないし、充てにしていない証拠である。
娘と息子が父親を無視していることを、夫は思春期ゆえの反抗期だと思い込んでいる。時がくれば解決すると本気で思い込んでいるようだ。
優子は一度夫に警告した。隠していることが有るのではないか、と聞いたのだ。
夫はそれに対しても正直に答えなかった。平気で嘘を付いていた。あれでは信頼を失って当然だ。
帰宅してから玄関を開け、靴を脱ぐ。
まだ少しふらつくので、まっすぐ寝室へ向かった。職場には治るまで休む旨を伝えてある。一応診断でウィルス性と言われたので、そのことを伝えると、上司は治るまで来なくていい、と言ってくれた。
子供らに感染さないためにも、しばらく食事を作るのはやめよう。
夕方に夫にメールをした。妻に外食を勧められ、両手を上げた喜んだだろうか。まあ、本音を言えばもう、夫のために食事を作るのもうんざりだったので丁度良い。
夫の返信をみて、さらにうんざりした。子供の事を心配する言葉がない。中高生とは言え、母親がいない食卓が心配ではないのか。




