べつべつに
「克行さん。また学資保険の保険料が落ちなかったわよ。もう引き落とし口座名義をわたしの方の口座へ変更しましょ?」
土曜日の夕食後、優子は、緑茶を飲みながらスマホをいじっている夫の目の前で督促の封書を見せた。夫はちら、とテーブルの上の封書を見ただけで、
「え、おかしいな。そんなはずないんだけど。ちゃんと入金しといたはずだけどな。」
すぐにスマホの画面へ視線を戻す。
だから、優子の手元にもスマホがあることに気付いていないようだ。
「その台詞何回目?わたしの口座へ変更しましょ。クレジットカードはもうわたしのカードいらない。あなたが使ってばかりいるから、わたしが使うの怖いもの。次回も残高不足で落ちなかったらと思ったらカードなんかおちおち使えない。」
「そんな大げさな」
「家族カードいらないので返還する。だから、こっちの引き落としもあなたの口座から引き落とすように変更して頂戴。家計費の口座から落ちるようにするのは止めてほしいわ。」
「ええ〜・・・なんでよ。面倒臭い・・・」
待ってましたとばかりに、優子は取引口座変更の書類を出した。
「ここに署名してハンコ押せばいいだけよ。わたしが切手貼って投函しておくから。簡単でしょ?変更してくれないのなら、家計の見直しのために明細をクレジット会社に請求するわよ?」
克行の目の色が変わった。
優子はそれを見逃さない。
書類とボールペン、朱肉と下敷きまでテーブルの上に用意して、
「まあ、わたしがカード返しちゃえばもう明細の請求も出来なくなるけどね。個人情報になるから・・・。」
ため息をつきながら畳み掛ける。
克行はカードの使用履歴を絶対に見られたくないはずだ。だから署名と捺印する。優子は確信を持ってそう言える。
夫はスマホを置いた。
「・・・わかったよ。じゃあ、俺は生活費の分だけを今までどおり振り込めばいいんだな?ほかは一切支払いナシだぞ。」
その方が克行の支出は少なくなる。子供の学費を支払わなくて済むからだ。そのかわり彼自身の経費は全部彼持ちである。家計費から出す必要はない。優子に言わせれば、無駄使いが増えた夫の経費を家計費から出すほうがよっぽど大変に思えた。
「自動引き落としにしたほうが便利じゃない?振込は手数料かかるし。いちいち下ろして入金するのも面倒でしょ?」
自動引き落としの申込書も一緒に出した。全部一度にやってもらったほうが楽だ。本人も楽だろう。面倒くさがりの夫には、てきめんに効くやり方だ。
渋々ではあるが、克行はろくに書面も確認せずに署名と捺印を済ませた。
これで家計費以外はほぼ別財布になる。
夫の浪費につきあわされるのはまっぴらゴメンだ。
春人が二学期の期末テストの結果を持って一階のリビングへ降りてきた。
「母さん、350点超えたぜ!」
キッチンで洗い物をしていた優子は、手を拭ってリビングへまわる。
「やったわね!凄いじゃない。」
定期テスト結果のプリントを見て、思わずガッツポーズだ。
合計点が350点を超えているので、学年順位もかなり上がっている。
「ウエェイ。俺ってばやれば出来る奴!」
このところ気難しい様子を見せていた長男も、さすがに笑顔を見せてくれた。
「お父さんにも見てもらいましょ。」
「いいよ!」
父親にも息子の努力の成果を見てほしくて、そして褒めて欲しくて夫に見せようと提案すると、息子は強い拒否の姿勢を見せる。
「どうして?成績が上がったんだから、いいじゃない。」
「・・・親父には見せなくていい。見せたくねぇ。」
「春人・・・」
近頃は父親を避けてばかりいる長男だった。