おとくいさま
優子の職場は県境にある高速道路インター近く。
駅近ではないが交通の便は悪くない。地方都市であるため移動手段のほとんどは自動車だ。広大な駐車場を所有できる郊外のほうが何かと都合がいい。
会社はソフトウェア開発をメインとするサービス業である。優子は開発部のアシスタントとして働いていた。
綺麗に整備された駐車場へ、黒塗りの高級車が一台入ってくる。
「あ、宗像さんだ。」
受付嬢が嬉しそうに呟いた。
宗像浩未は地元でも有名な企業家の御曹司で現社長だ。ゼネコンと呼ばれるほどではないが、かなりの大手建設会社で、地元の都市開発に大きく貢献している。
総務部の責任者を二人連れて車を下りてきた社長は、受付で用件を告げた。
第一開発部のアシスタントの優子は案内のためエレベーターを下りて、社長と対面する。
「こんにちは。第一開発部の大滝です。ご案内しますのでどうぞ、こちらへ。」
「恐れ入ります。」
噂通りのイケメンだ。年代としては優子と同世代だが、とても若々しい。中年男の脂ぎった雰囲気もなく、枯れた感じもない。受付嬢達が騒ぐわけである。
社長と開発担当者が待つ応接室へ案内した後に、優子はお茶を入れた。予め準備してあったので、すぐにお湯を注いで出来上がりだ。
再び応接室へ入室し、名刺を渡し合っている姿を横目で見ながらテーブルの上にお茶を置く。
愛妻家としても有名なその男は、仕事も出来るともっぱらの噂だ。
こんな完璧な男でも、不満な人は不満なのかと不思議に思った。
ボールペンに付いているキーホルダーが重かったのか、ポケットから落ちてしまった。
「あ、これ。俺の娘も同じの持ってます。」
会議室を出る時に、宗像社長がそれを拾い上げてくれたのだ。
「ありがとうございます。すみません。・・・これはウチの娘が使ってたお古ですよ。二年前くらいに流行ったんですよね。」
イケメンが笑った。凄い破壊力だ。
優子の夫とは偉い違いである。年齢はそんなに変わらないというのに。
「お子さんもしかして同級生ですか?」
社長は親しげに語りかける。
「16歳と14歳です。」
「おや、うちと一緒だ。もしかして同じ中学だったり?」
「そうかもしれませんね。」
優子はにこやかに、けれども会話を打ち切ろうと穏やかに言った。
「まだお子さん小さいのに、フルタイムで働いてらっしゃるのですか?」
社長は優子の意向を無視する。
「・・・ははは、働かないとやっていけませんから。」
「貴社は労働条件についても先進的なんですね。こう言ってはなんですが、我社はまだまだ女性の進出に関しては封建的です。羨ましいことだ。開発部にいらっしゃるということは、もしや技術畑でいらっしゃる?」
「いえいえ。アシスタントに過ぎませんよ。」
これ以上無駄話をしたくない。
そう思ったタイミングで都合よく、上司のである開発課長が来てくれた。
「社長、どうぞこちらで具体的なお話の方を。」
会議室で会議の始まるタイミングで優子が退室する。
宗像社長はこれからクライアントになる予定なのだ。優子の会社で、彼の会社で使うソフト開発を請け負うことになる。
良いお得意になってくれればいい。
応接室へもどってお茶の後片付けをしながら、優子はそう思った。