⑨
会話のキリを見計らって、受付嬢が木製の武器を持ってくる。
「お待たせしました。こちらが査定で使用いただく武器です。中に錘が入っておりますので、重さは本物の剣と遜色ないかと」
渡された二本を受け取り、軽く振ってみる。たしかに、本物の剣と程近い感触が手に伝わってきた。対して、ダイはサンバンの身の丈はありそうな巨大な木剣を握っていた。
盾持ちかと思いきや、アタッカーだった事に少し驚いたが、これならやりやすいなと思考を切り替える。
レギンスを止めているベルトに剣を差し込み、空いた手で髪を結び直す。
「いつでも始めてくれて構わない。少し口を閉める」
そう残したサンバンの顔を見て、ダイが息を呑む。
鬼だ。
足が震えた。
すくみ上がりそうな身体を気合いで鼓舞し、刺突の構えで腰を落とす。
勝てないだろう。
直感で悟る。
だが戦士としての矜持が彼を動かした。
「うぉおおおおおおおお!!!!」
咆哮一喝。
刺突と見せかけ、手首を返す。刺突よりも更に奥に踏み込み、水平に薙ぎ払う。
微動だにしなかったサンバンの姿が、ブレる。カンッ、と甲高い音が響き、ダイの腕が跳ね上がった。あまりの衝撃に、手は痺れ、剣を持っている感触がない。
ペタ。
首筋に添えられた木剣の感触に、冷や汗が垂れる。
左手の木剣を腰に差し、降ってきた大剣を掴むと、地面に突き刺す。それから左手を顔に当てて何度か揉み解す。
「査定は済んだかな?」
「…あぁ、ギルドマスターに掛け合おう。こんなんで7級じゃあ詐欺にも程がある」
「それはいけない。目立ちたい訳じゃないんだ、無難に9級とか8級で頼むよ」
三つの飛び級は本来なら将来に見込みがあるか、既に何処かの高名な師匠の下で修行済みの者が、ギルドに利益をもたらす事を前提に認められるものであり、簡単に認められるものではない。
傭兵崩れであるサンバンがいただくには目立ち過ぎる。それを更に引き上げるとなれば、尚のことだろう。
へにゃりとした柔らかな顔つきに戻ったサンバンに、ダイはため息を吐く。
「そんなんじゃ、どう足掻いても目立つだろうよ。見ろ、今の一合でお前のことに気づいたやつが居る。下手に処世術を駆使するより、実際に見せた方がいい奴らもいる。覚えとけよ」
「ありがとう、ご忠告身に沁みるよ。それで、等級は?」
「8だ」
「それもありがとう」
「ローラ、他に何か残ってるか?」
「え、えっと、この後はギルド指定依頼のご紹介をしようかと、登録料が無いとの事で…」
「免除しろ。代わりに、7級への昇給依頼を発行しろ。7級クラスの依頼を幾つか受けさせればいい」
「わ、わかりました!」
「傭兵、名前は?」
「サンバンと呼ばれていたよ」
「サンバン、登録料も持ってないってことは数日の持ち合わせもないんだろう?ギルドの酒場の飯を奢ってやる。寝床は医務室の空きベッドを使え」
「…いいのかい? そんなにしてくれて」
ダイは受付嬢を見送ってから、一度周囲を見回し、近くに人がいない事を確認してから言った。
「この近くの森には魔獣が多く住んでいる。最近、巨大な狼の魔獣が森の浅いところを徘徊していると言う目撃証言が多くてな。奥に住んでいないと言うことは、最近巨大化した個体で、居場所がないんだろう。とはいえ、浅いところは一般人も薬草採取や木こりに入ることもある。ギルドとしては放置出来ん。近々討伐依頼を発行する予定だ。お前にも参加してもらいたい」
近くの森、巨大な狼、この二つのワードに思い当たる節しかないサンバンは、申し訳なさそうにダイに言った。
「それは…徒労に終わると思うなぁ…」
「徒労? 何故そんな事がわか…おいまさかお前」
「仕留めてあるよ、確かに森の入り口からはそう離れてなかったねぇ。首を落として血抜きをしてるから、肉と内臓は残ってないだろうけど、骨と革、爪くらいは残るんじゃないかな」
「バッカお前どうして持ってこないんだ!」
「そうは言っても、ボク一人で持てる大きさじゃなかったからねぇ」
のんびりと言うサンバンに、ダイは舌打ちして時計を確認する。日はどっぷりと暮れ、森に入るには遅すぎる時間だ。悪態を吐きながら修練場から走って出て行くダイは、サンバンに叫ぶ。
「ギルドの中にいろよ! お前には案内してもらうからな!」
はいはい、と気のない返事をした後、刺さっていた大剣と、腰の木剣を見て、小さく嘆息した。かたす場所など知らないので、壁際で玉の汗を流して座り込む冒険者に声をかける。
「こんばんは」
「ん? お、おう、なんだ?」
自身の背丈と同じくらいの剣を抱きかかえたサンバンに声をかけられた男は少し動揺しながら返事をする。
サンバンは剣を抱え直して、汗だくの男にかたす場所を尋ねると、男は指を差しながら丁寧に教えてくれた。
礼を告げて言われた場所に剣を片す。少しカビ臭い倉庫には、今回使った剣以外にも的や木人も置いてあり、冒険者の育成に余念がない事が伺えた。
腰の剣も仕舞って、倉庫を出ようとした時、倉庫の扉の外に気配を感じて、二歩下がった。
「何か用かな」
「………」
扉の向こうにあった気配が変わる。それを感じ取ってから、サンバンは扉を開いた。
そこにいたのは真っ赤な髪を腰まで伸ばし、フルプレートに身を包んだ女性だった。背中には肩から腰まであるカイトシールドがスタックされている。
「…いいえ、少し気になっただけです。私はベアトリーチェ=K=ルーセントと申します。お名前をお伺いしても?」
ミドルがある、と言うことは、彼女はどこぞの国の貴族なのだろう。貴族で冒険者稼業に手を出す者は少ないが、辺境伯など、敵国と隣接する領地を持つ貴族は、子を冒険者にして修行をさせ、領地の抜け穴が無いかを自身の目で判断させるのだと言う。
軍事的な兵法は参謀に任せれば良いが、実際の土地を目で見て、足で踏んだ時の直感を養うには、机に向かっているだけではダメなのだろう。恐らく彼女もそう言った貴族の一人なのでは無いかと考えつつ、名乗り返す。
「サンバンと呼ばれていたよ。用がないなら、出てもいいかな。ダイに呼ばれてるんだ」
「一つだけ聞かせてください」
「うん」
「特級を、目指す気はありますか?」
「ないよ。ボクは生きていければそれでいい」
「そうですか…。わかりました、失礼します」
短いやり取り、それでも彼女が求めているものは理解できた。
きっと、仲間が欲しいのだろう。
彼女が今組んでいるパーティの面々に不満があるとは思えないが、充足しているとも言えない。とはいえ彼女は特級に上がらなければならない事情があり、今のままでは上がれないと考えている。そんなところだろうか。