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報酬の入った麻袋をぶら下げて、ロイは一つ肩の荷が降りる。
日も暮れる前に冒険者ギルドに到着できた彼らは、仕事の報酬を受け取り、宿に帰ろうとしていた。リンシアだけが残念そうにしていたものの、他三人は明らかにホッとしていたので、ここで別れるのはある意味正解だったのだろう。
サンバンはそんな彼らを見送り、冒険者ギルドの受け付けに向き直る。
「冒険者の登録ってできるかな」
「えぇ、できますよ。こちらの用紙に記入をお願いします」
決して綺麗とは言えない字だが、ゆっくりと用紙に記載をしていく。
経歴にブラックジャケットと書こうとして、傭兵に直した。余りいい印象は持たれないだろうし、なにより断られると食い扶持が無くなる。嘘はついていないのだから良いだろう。
用紙を書き終えて渡すと、受付嬢は内容を確認する。
「傭兵…というと何処かの組織に所属してましたか?」
「まぁ、うん。クビになったんだけどね」
「なるほど、因みに組織の名前はお聞きしても?」
「あー…」
「話しにくいなら無理にとは言いませんが…何かしらわだかまりが残っている場合には、ご協力できるかもしれませんよ?」
「それは…やめた方がいいよ」
コト、と持っていたバッジをテーブルに置くと、受付嬢の顔が強ばる。
「ボクを守るのはギルドにとって損だ。大人しく捨て置くことだね」
バッジを仕舞って、改めて受付嬢の顔を見ると、その顔は自然なものに戻っていた。経験があるのかそれとも意識の高さか、どちらにせよ不自然な顔つきよりもマシだ。
「ではそのように。ギルド証をお作りしますが、代金はお持ちですか?」
「あいにくと持ち合わせが無くてね。依頼の報酬から天引きできないかな」
「可能ですが、ギルド指定の依頼を受けていただくことでも免除出来ますよ。如何しますか?」
「じゃあそっちにしようかな。出来れば荒事の方が得意なんだけど、あるかい?」
「えぇ、もちろん。では受けていただく前に、等級の査定に入りましょう。この時間ならまだ出来ますから」
等級とは、冒険者につけられる序列のことだ。等級が高ければ、それだけ良い依頼をうけられるし、報酬の額も上がる。10級から1級、特級とあり、3級からは準2級、準1級が間に挟まることになる。
3級以上を目指すならギルド本部からの指定依頼を受けた上で直近の動向に監査が入る。準2級からはギルドの顔として表に出ていくことも少なくないため、下手な人物を上げるわけにはいかないのだ。
そして、この等級は場合によって飛び級することが可能だ。今回であれば、この査定によって最大三つの等級を飛ばす事ができ、始めから7級の冒険者として登録することも出来る。
「試験の内容は模擬戦、座学、斥候試験の三つからお選びいただけますが、先程お聞きしたことを加味すると、模擬戦がよろしいでしょうか?」
「それがいいな。相手は人間かい?」
「そうですね、試験官は3級のギルド職員がお相手します。木製の武器を使用するので、装備は一度こちらでお預かりします。用意するのは直剣2本でよろしいでしょうか?」
「うん、大丈夫」
正直言うと、今持っている剣も余りものを勝手に使っているだけなので、拘りもない。
「かしこまりました。すぐに用意出来ますので、こちらへどうぞ」
そう言って、受付嬢が奥の扉を開けた。もう日も暮れているが、中では木がぶつかり合う硬い音が響いている。どうやら修練場のようだ。受付嬢と一緒に中に入る。受付嬢はそのまま、修練場の端で監督をしていた男に声をかけると、男はチラリとこちらを見て頷いた。
受付嬢はまたどこかへかけていき、代わりにその男がサンバンの下へやってくる。体躯は大きく、サンバンよりも頭一つ分高い。筋肉は盛り上がっており、服の上からでも形がわかるほどだ。顔には細かな傷があり、丸刈りの頭と窪んだ眼窩から覗く鋭い目は、明らかな威圧の色が窺える。
「よう、お前が査定を受けにきた傭兵か。俺はダイ、3級の冒険者で、ギルドの職員でもある。ところで、お前、年齢は?」
「さぁ…わからないな。三十より上だとは思うんだけど、生まれがそもそもわからないからね、正確な年齢は知らないよ」
ダイが年齢を聞いたのは、おそらくサンバンの見た目が壮年のそれに見えたからだろう。年齢が高いほど身体は衰える。そのため、サンバンの言った三十より上の冒険者は、引退を考え始める時期でもあるのだ。冒険者人生は、長くても四十、五十に差し掛かろうものなら、死ににきたと言われてもおかしくない。
ギルドとしても、死人が出ることは良い事ではないため、あまりにも年齢が行き過ぎている場合には査定しない、と言う選択も取れる。
とはいえ、これは荒事に対しての適齢の話で、こと、知識や経験に関して言えば、歳を重ねている分豊富とも言える。荒事をしていた冒険者たちは、こちらに鞍替えし、その知識や経験を後世の冒険者へと繋げていく。
しかしサンバンは現役で荒事を請け負いたい側の人間だ。当然ダイの目も厳しくなる。
「査定と言えど、手は抜かないからな。なんなら職員として働いてもらう事もあり得る。読み書き出来るんだろう」
「多少はね」
「ならいい」




