⑥
街道に出てから、リンシアの勢いは増した。三人は無事魔獣の森を抜けられた事の安堵から少し力が抜けたが、それでも目の前の男への警戒心は解けなかった。
リンシアが頻りにサンバンに話しかける後ろで、リーダーでもあるロイは悩んでいた。
正直なところ、イアンの言うことも、リンシアの言うことも間違っていない。
これだけの力があり、ソレを正しく奮えるのであれば、リンシアの言う通り強力な戦力である事に間違いはない。なんなら、パーティに加わって欲しいくらいだった。守りはリンシアの魔法のおかげで強固ではあるものの、肝心要の攻撃力が低いことが彼らの目下の課題であり、それを解決して余りあるほどの力を持っている。
だが、強過ぎる力は身を滅ぼす事にもつながる。イアンが懸念している事にも繋がるが、その強大な力が味方に向いたとしたら、大惨事では済まないだろう。そして、彼にはまだその可能性があった。
犯罪者を有能な傭兵に仕立て上げる更生組織、ブラックジャケットと言うのは、それだけ信用のならない組織なのだ。今彼らの管理下にないサンバンが何をしでかすのか、予想もつかない。
街につき、依頼を完了した後、何食わぬ顔で殺しに来るかもしれない。
そう考えると、イアンの懸念も理解ができる。
とはいえ、ここで他二人に相談しても彼には筒抜けだろう。そんな気がする。
小さなため息が漏れる。こんな時のリンシアが羨ましいとさえ思う。彼女の鈍いところやその明るさには救われることも多いが、こういった時には胃を痛める。
「ロイ、街に入るのに必要なものはあるかい?」
「あ、あぁ、身分証くらいだな。俺たちだと、ギルド証だ。サンバンは持ってるのか?」
「一応、持っておけって言われたものがあるね。えーと、これかな」
胸当ての裏側に貼り付けてあったバッジを剥がす。そこには黒い星が逆さに輝いていた。
「やっぱりブラックジャケットじゃないですか! なんなんですかあそこは! バケモノ製造機なんですか!」
イアンが爆破した。
「こらイアン! サンバンさんはちゃんと人だよ! 失礼なこと言わないの!」
的外れなことで怒るリンシア。
リアは横からそのバッジを覗き込むと、サンバンに告げる。
「一応身分証の役割は果たしそうだね、裏に所属と番号が振ってある。これなら中には入れるよ」
「それはよかった。まぁ入れなくても街までの約束だからね、迷惑はかけないよ」
その言葉は当然イアンに向けられたものではあるが、警戒している他二人にも告げていることはわかる。
失言したことがわかっているイアンはぐっ、と唸ってから、お願いします、と小さく言った。辛そうにお腹をさすっているところを見ると、割と胃にきているらしい。
街道は人通りがあり、隊商や冒険者、傭兵らしき人々を積んだ馬車などとすれ違う。こちらの領地が戦争に勝ったおかげか、商人たちの顔は明るく、いい商売をしたことがうかがえた。
「それにしてもサンバンさん、あの魔獣どうやって倒したんですかー?」
「あー、あれはね、鼻っ柱をへし折ってやったんだ」
「へ? 鼻っ柱を折る…? どうやってですか?」
「え、ひとつしかなくないかい?」
サンバンが拳を握って見せると、ロイが頭を抱えた。
「もしかしてだが、アンタ拳でアレを殺したって言うのか?」
「そうだよ? 鼻先と上顎が頭蓋まで入っちゃったから、牙は回収できないかなぁ」
「自分でおかしな事言ってるって自覚がねぇ…」
つまり彼からすればあの程度の魔獣は剣も使う必要が無い、という事である。
イアンの言ったバケモノがますます当てはまりそうだが、サンバンは無精髭をなぞる。
「そうはいっても、魔獣討伐ならアレくらいは普通だったからねぇ。いつも取り合いだったよ」
楽な割に報酬がいいからね。
「………」
リンシアを除いた三人が押し黙る。
きっと、考えていることは三人とも同じだろう。サンバンにはそんなつもりは微塵もなかったのだろうし、本人の実力からしてソレが本心であることに間違いはないのだから。
ただ、なんとなしに、胸の底に、靄りとした感情がトグロを巻く。
この感情の名前を、知っている。けれども、一つではなく、色んなものがない混ぜになって、より黒く渦巻いていることもわかる。
サンバンはそんな三人の様子を見ながら、そろそろ意地悪するのも潮時だろうと考える。
人の心の機微は単純だ。
言葉から。
態度から。
表情から。
微細な動きが、何を感じたのか、何を思ったのかをつぶさに伝えてくれる。
悪い癖だなと思いつつ、やめるわけにはいかない。
彼らに好印象のまま終わらせてはいけない。それはきっと、彼らのためにはならない。
サンバンは、拾われた恩を仇以外で返すわけにはいかないのだ。
組織から逃亡したわけではないが、仕事には失敗している。そんな彼に追っ手が出ていないかと言われれば、そんな事はない。死亡の扱いにならない限り、彼はどこまでも追われ続ける。
それが、彼のいる組織、ブラックジャケットのやり方だ。
失敗した責任は、失敗した者が負わなければならない。
責任の取り方はわからないが、わからないからこそ巻き込むわけにはいかなかった。