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サンバン  作者: 如月厄人
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二日後、ベアトリーチェが連れ戻されて三日目、テオは焦っていた。

 期限は間近、各都市のギルドの依頼の状況、現在の兵士の数、そこから各都市に駐在する兵士の数、そこから考えうる国防の弱体加減、その全てを数値化して資料としてまとめ上げ、証拠として掲示しても、机上の空論として真面目に受け取られることは無かった。

 刻限は今日、テオはアイリと共に最期の談判に来ていた。

 アイリとは話した。もはや感情に訴えるしか無いという結論に至っており、如何なる情報も、それをもとに算出される結論も無意味だとわからされてしまった。

 もはや王には、大貴族様の圧力以外に動かす方法は無い。

「ねえ、駄兄様」

「ん?」

「一つ、提案がありますわ」

「…嫌な予感がするけど聞こうか」

 アイリはいい笑顔で、テオに言った。

「もうお父様ぶっ殺して私達も逃げませんこと?」

「物騒が過ぎる」

 ただ、

「ブン殴るのは、有りかもなぁ」

「ふふ、話のわかるお兄様で何よりですわ」

「反逆罪で…死刑まで行くだろうか?」

「場合によっては暗殺の汚名も着せられそうですわね」

「それはありそうだ。ベアが怒りそうだな」

「ふふ、それはちょっと嫌ですわね」

 今のベアトリーチェは二人よりも遥かに強い。

 二人もかつては冒険者として学び、切磋琢磨したが、それでも三年で五級止まりだった。それが二年で三級、準二級の望みもあり、なんなら特級との繋がりも得ている。

 ベアトリーチェには、未来があった。

 扉を叩く。今の二人の戦場はこの先にある。

「失礼します。テオとアイリです」

「…入れ」

 文官を従えた王が机に向かっている。書類を読む手を止め、顔を上げた。やつれた顔、痩けた頬が、窪んだ眼窩により深い陰を差した。

「お前たちにもやる事はあるはずだが、いつまで同じ話を続けるつもりだ」

「私達のやる事は、お父様を下す事ですわ」

「殿下! 言葉が過ぎますぞ!」

「貴方こそ、先日から随分と威勢が良いですわね。調べましたけど、貴方、大出世したようですわね。庶民から王宮のお付き、専属文官、お家はさぞ大喜びでしょう。さて…」

 ツカツカと王の前に立ち、手を息で温めながら擦り合わせた。

「お婆さまはお元気かしら?」

 文官の顔が歪むのと同時に、アイリの平手打ちが王に綺麗に入る。同時に、王の耳についていた小さなアクセサリーをもぎ取る。ピアスだったようで、耳の一部が千切れるが、アイリは構わず後ろに跳んだ。

「駄兄様っ!」

「っ! 相談くらいして欲しかったものだな!!」

 アイリを受け止め、呆気に取られる兵士の腰の剣を抜き取る。間一髪で投げられた針を弾く事に成功したテオは、文官に目をやった。

 やれやれと言ったふうに首を振った文官は、おそらく気を失ったであろう転がる王に目をやると、深い深いため息を吐く。

「チッ! 上手くいかないもんだな。やれやれ、時間をかけ過ぎたか」

「貴方が来てからですわね、父上が兄弟達を養子に出すようになったのは」

「あーやだやだ、答えがわかってて問答するか?フツー。キモいキモい、その詰め方キモいわぁ。考えてる事はせーかい、俺がホンモノの文官じゃないのも、せーかい。今日さえしのげりゃ依頼も終われたのに、アイツが来たせいで予定が狂っちまった」

「サンバンのことか」

「アイツクビになったんだろ? ったくバカなことしやがって誰も連れ戻せねーってのに首輪外すかフツー」

 まぁいーや。

「オレの仕事はキッチリ終わらせる。要は、お前らを外に出さずに今日を終わらせりゃいい。あとはサンバンが勝手に壊すだろ」

「お前一人で出来ると思っているのか」

「仕込みは十分。依頼人サマは無血開城をお望みだったが…、まぁ資源が無くなるわけじゃあねえ、人が幾らか減るだけだ。オイ」

 つい先ほど身を呈して王を守った兵士が声を掛けられるとスッと立ち上がり、二人へとゆっくり近づいていく。

「次は平手打ちじゃあ取れねーぜ」

 執務室にいた護衛の騎士、計六名が二人を囲む。

「ま、しばらくゆっくりしててくれや。アンタらも依頼人サマに渡す商品のウチだ」

「…心当たりがあり過ぎるのも考えものだな」

「そうですわね」

 魔獣が住まう土地を、安全に維持している国は少ない。

 大抵は魔獣が溢れ出し、主を討伐しなければならない自体に陥ることがほとんどであり、その場合、魔獣がいなくなり、資源として得られるものが無くなってしまう。

 しかし、ゼイン領とアインハルト領の間に広がる魔獣の森は、管理している領主が優秀か、はたまた住まう魔獣が大人しいか、周囲には大きな被害を出さず、資源を放出し続けている。

 近隣の国が目をつけるのは当然だ。しかし、その領地だけよこせと言ってもはいそうですかとくれてやるような阿呆はいない。かと言って戦争を起こせば資源の宝庫が失われてしまう可能性もあった。

 だからこそ、この文官の依頼人は、内側から崩壊させる方法を選んだのだろう。ここ数年、内紛は多く発生し、王家に対する信頼も落ちている。そこに加え、ギルドまで閉まる始末。王家は不要と反乱を起こされても何も言えない。

 そこを攫うつもりなのだろう。

 混乱に乗じて首都を占拠し、人民を人質に各地を占領していけば、この男の言う通り、無血開城も夢物語ではない。

 テオは剣を構え、アイリを庇いながら包囲を縮める兵士達と対峙する。ぼんやりとした目からは意識を感じられない。恐らく意思の疎通は無理だろう。アイリを受け止めたお陰で扉からは少し離れており、その間にも兵士がいるため、簡単に突破出来そうもない。

 ぬるりと、肌を嫌な感触が包んでいく。

 男が何かに反応し、二人から目を離した。

(今っ…)

 テオは扉の側にいた兵士のこめかみに向かって剣の束を振り下ろす。合わせて、兵士も剣を抜こうとして、ピタリと動きが止まる。結果、束はそのままこめかみを殴り抜け兵士が横薙ぎに倒れる。アイリの手を引いて執務室を飛び出し、走る。

 男は部屋の中で舌打ちする。

「謀反だ! 反逆者テオドールとアイリを捕らえよ! 王がお怪我をなされたぞ!!」

 ぼんやりとしていた兵士たちがハッと意識を取り戻し、バタバタと部屋を出ていく。伝令は瞬く間に広まり、やがて、ドライ達の耳にも届いた。

 ツヴァイが一番に反応する。

「行きましょう。反逆者を捕らえなければ」

「まてツヴァイ! テオ殿下がそんな事すると思うか?!」

「命令ですよ、事実かどうかは、捕らえた後でも良いでしょう」

 アインの言葉に聞く耳を持たないツヴァイを見て、ドライが顎髭をさすった。

「…ツヴァイ」

 ドライに呼ばれ、振り向いたヅヴァイの顎を、ドライの拳が掠める。

 クラ…と、ツヴァイが倒れ込み、アインが呆気に取られる。その間にドライはフィーアを呼びつけた。

「魔道具の類はないか?」

 フィーアは静かに頷き、じっくりと上から下まで眺めてから、耳たぶについていたピアスに触れる。

「…片方だけつけてるのは違和感。でも、魔道具の類じゃない」

「ふむ…暗示か催眠だな。王の下へいく。アイン、着いてきなさい。フィーアとフュンフはツヴァイが目を覚ましたらどこまで覚えているか確認しておくように」

「…わかった」

「はーい」

 剣を携えた二人が慌ただしく駆け回る兵士達から逆走し、王の執務室までやってくる。

 ノックをしようとしたらアインを止めて、ドライはその扉を開け放った。

 床で気を失ったままの王、代わりに椅子に座る文官と、何も言わない兵士が二人。

「っ! 陛下!!」

「チッ! やっぱり漏れたやつがいたか」

「ブラックジャケットか」

「さぁな、知ってどうする?」

「………、覚悟」

 ドライは剣を構えた。アインは困惑しながらも、あそこにふんぞりかえる男が元凶であることは理解できた。

「陛下…今お助けにあがります」

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