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サンバンはアナセマに言われた通り、事を起こす前に貴族街を訪れた。
アナセマの名前と、自分の名前を出すと、すぐに案内が用意され、馬車に乗せられた。貴族街は冒険者ギルドがあった広場よりもかなり閑散としており、使用人と思しき人物以外はほとんど見当たらない。
時折、目を見張るほどの豪奢な作りをした家もあれば、質素でこじんまりとした家もあった。貴族の間にも貧富の差はあるのだなと感じながら、一際質素な邸宅の前に泊まる。両隣を煌びやかな建物に囲まれているせいか、一層落ち着いて見える。ただ、やはりというべきか、細部には細やかな装飾が見られ、建築様式も他とは大きく異なって見えた。
サンバンの感想は、崩しにくそうだな、の一言だった。綻びはなく、また偏りもない。継ぎ目をうまく隠しているお陰で効率よく壊す場所がわからない。
アナセマらしいと思った所に、出迎えが来た。
領都マルタのアナセマ邸でみた執事が二人を案内する。内装も外観と同じく質素だが、こちらもやはり、穴がない。いい家だと感想づけて、応接間へと通される。
既にアナセマが座っており、二人が来たのを確認して向かいのソファに促した。
ザラと並んで座る。
「一つ頼みがある」
「追加依頼ですか?」
「そう取ってもらっても構わない。だが聞き届けてほしい」
「場合によっては別料金ですよ」
「国民には、手を出さないでくれ」
この通りだ、と深く頭を下げた。
サンバンはその後頭部に視線を落としながら、特に考えもせず答えた。
「手を出されなければ出しません。殺しの依頼でもありませんから、余計なことをするつもりはないです」
「…ありがとう。それなら最低限国は維持できる」
「………、あぁ、ボクが王を殺すと考えてるんですね」
「違うのか…?」
「解決しないでしょう?」
そう言ったサンバンに、アナセマとザラの二人が首を傾げる。
「それはどういう意味だ?」
「ボクに手を出したらどうなるかを、証明する人が居なくなる。それは無意味で、根本の解決にはならない。ボクが手を出されずに居続けるには、生き証人が必要なんです。そしてそれは多い方がいい」
アナセマを指さす。
「貴方は既にその一人だ」
サンバンの言う通りだった。
アナセマは、サンバンに手を出したらどうなるかを、既に見ている。
あの日飛び散った馬の身体を、今後彼が忘れる事はないだろう。そして、同じ轍を踏まぬようにするはずだ。
それと同じことを、王に理解させるのだろう。そして、王が生き続ける限り、彼は安全に要求を通せるのである。
「だからボクは殺しはしませんよ。まぁ、よくて半死、気に入らなければ達磨のつもりではいますけどね」
「………、そうか」
やはりブラックジャケットか。
その言葉を飲み込んで、アナセマは拳を握った。
「なぁ、師匠」
「ん?」
「それで、ベアトリーチェは喜ぶのかい?」
ザラの言葉に、サンバンの顔に苦味が混じる。
「師匠がその方法でベアトリーチェを取り返したとして、ベアトリーチェはもう冒険者じゃいられない。当然師匠もだ。なんなら、師匠は指名手配になる。それにベアトリーチェを付き合わせるつもりかい?」
「………、」
荒事しか経験してこなかったサンバンには、他の方法が無かった。
ブラックジャケットだった時はこれでよかったのだ。
邪魔するやつは黙らせる。
手出しをさせないために、四肢を削ぐ。
わからせるために、見せしめる。
「アタシには、師匠がベアトリーチェに冒険者で居てほしいと思ってる様に見えたんだけどね」
サンバンが奥歯を一度強く噛み締める。ギリ、と言う音がアナセマの耳にまで届いた。それから大きく深呼吸して、顔を上げる。いつものサンバンのように見えた。
「生憎と、ボクにはそう言った知識がない。どうしたらベアを取り戻せる?」
「よしきた」
ザラが膝を叩いてニンマリと笑う。
「まずはギルドに行くよ、話はそれからさ」
アナセマも立ち上がる。
「私も行こう。まぁ、やる事はわかってるがね」
見届ける責任がある。
そう言って、簡単に外に出る準備を済ませ、三人はギルドへと向かった。
冒険者ギルドは相変わらず喧騒に包まれているものの、ザラとサンバンが入ると、事情を知っている数人が注目する。
普段なら奥に引っ込んでいるはずの男も、面に出てきていた。眼帯で右眼を隠した強面がギルドカウンターに足を乗せ、葉巻を燻らせている。ザラを見つけるとちょいちょいと手招きする。
「首尾は?」
「クソだね」
「決まりだな。お前らァ! 今からギルド閉めんぞ! 手空いてるやつは刷ってあるビラ流しに行けー。もう依頼を受けてるやつはやりきれー。俺たちまで同類にならねぇようにな!」
威勢の良い返事がギルドに響き、職員から渡されたビラを持って何人かが外に出て行く。依頼を請け負った者達はその準備のためまた外に出て行った。
一気に閑散としたギルドで、サンバンは呆気に取られた。
「これは…一体どういうことなんだい?」
「簡単な話さ」
ザラが腰に手を当て、胸を張る。
「冒険者の自由を奪った罪を、償ってもらうんだよ」
「バーカ、説明になってねぇだろうがよ」
強面がギルドカウンターから足を下ろして肘を突きながら呆れたように口を開く。
「ギルドを閉める。しばらく王都の依頼は受けません、近隣都市のギルドも閉鎖、こちらも依頼は受けません、ご用向きは全て国の兵士へどうぞ。こうするとどうなるかわかるか?」
「…パンクする?」
「それもある。それだけじゃねぇ。依頼のために兵が出払うわけだから、国防が弱くなる。国防をとって民意を無碍にすると、不満が溜まって商人が去ってく。冒険者が雇えない、兵士も護衛してくれないんじゃあ、安全な商売なんぞ夢のまた夢だ。結果、物が買えなくなる。あっという間に貧民街さ」
「そういうものなのかい?」
アナセマに目をやると、首肯して補足を入れる。
「国単位で冒険者ギルドと組んでいるなら常識的な話だ。ギルドが閉まる条件は契約書にもキッチリ明記されているし、基本は見える所に飾ってある。それに、ギルドが閉まった時、ここにある依頼の山は誰が消化するのか、という話だ」
掲示板にはズラっと依頼が並んでおり、まだ張り出されていないだけで受理されている依頼もまだまだあるのだという。
確かにコレらを解決するだけの頭数を揃えるのは簡単ではない。仮に揃えても、その数の兵を動かすことの危険性を理解しているのであれば、到底無理な話だ。
「早けりゃ三日で国が折れる。それまではちっと我慢しな」
「要求を伝えなくて良いのかい?」
「原因は分かり切ってんだろうが、改めていう必要はねぇよ。頭がおかしくなけりゃ、な」
「アタシらも事情を聞きにいったからね、よほどのバカじゃなけりゃ伝わるだろうさ」
その時、ギルドの戸が叩かれる。
扉の外からは、まだ若そうな青年の声が聞こえてきた。
「ギルドを閉めているのは分かっている。どうか私を入れてほしい。ドライヘン王国王太子のテオだ」
名乗りを聞いたギルドマスターは、職員に目配せをして扉を開けされる。精悍な顔つきの青年と、姿勢の伸びた執事がギルドに足を踏み入れる。
ギルドマスターが何かを言う前に、テオが頭を下げた。
「すまない、この度の騒動は、私が原因なのだ」
「………、聞こうじゃねえか」
「昨日、私は都内の視察を行っていた。その際、ベアの姿を見つけたのだ。馬車で数日かかる距離にいた妹を見かけた事を、私は父上に話してしまった。まさか無理矢理連れ戻すとは思っていなかったが…間違いなく私に原因の一端がある」
「それで?」
「私に任せてくれないだろうか。父上に交渉し、ベアトリーチェがまた冒険者でいられるように説得する。だからギルドを開けて欲しい。我が国には我々兵士では拾い切れない困りごとを持った民がごまんといる。彼らを見て見ぬ振りは出来ない」
真っ直ぐとギルドマスターの顔を見てそう言い切ったテオに、ギルドマスターではなくサンバンが口を開いた。
「いつまでにできる?」
「それは…」
「三日、あげよう。いいかい?」
サンバンがギルドマスターに確認する。頷いたのを確認して、テオに言った。
「そう言うことだから、三日あげよう」
「ではギルドを…」
「ううん、ギルドは開けない」
「っ!」
「出来るかどうかわからない約束のじゃあ、既に破られた約束の帳消しは成らない。何を甘えたことを言ってるんだい? あげた三日は、ギルドが再開するための条件だよ。それより伸びれば、ギルドは閉まり続ける。見て見ぬ振りは出来ないんだろう? 頼んだよ」
柔和な笑みのまま、テオに手を振って、その場を離れる。修練場への扉を開いて姿を消したサンバンを追いかけるようにザラがその場を後にする。
ギルドマスターは新しい葉巻に火をつけた。
「そう言うわけだ。よろしくな」
「身から出たサビとは言え、辛いな」
「涼しい顔しちゃいるが、ありゃ相当お冠だぜ。首を落とされなかっただけマシだと思えよ」
ギルドマスターが煙を吐く。
「今はまだ首輪がついちゃいるが、首輪を締められるのは俺らじゃなくて、そのベアトリーチェ嬢だけだろうよ。しっかりやんな、俺たちが御せるのはあいつが冒険者である間だけだぜ」
頷いて、ギルドを後にしたテオを見送って、もう一度大きく煙を吐いた。
「こりゃブラックジャケットが尻尾巻くわけだぜ、どーやったらこんなに根源がデカくなるんだ?ったく。これじゃ魔獣と変わんねえぞ」
タバコを上下させながら、身体を起こし、修練場に向かう。依頼が無くなって困窮した冒険者達は少なからずいるので、お世辞にもまともとは言えないが、寝泊まりできるように寝袋や食事は出すようにしている。修練場は寝床でもあるのだが、冒険者達は全員端に寄って二人を見ていた。
木製の手斧二つを持ったサンバンとザラが立ち合いをしている。
ザラは大斧を使っているはずなのでギルドマスターが首を傾げていると、だんだんと分かってくる。
これはコーチングだ。
交互に攻めているのではなく、サンバンが手本を見せながら、ザラが真似をする。出来ていなければ同じことを繰り返す。恐らく、手斧二本を使った型の訓練なのだろう。
久々に見たザラの楽しそうな顔に顎をさすって、ギルドマスターは倉庫に向かった。
使い古しの訓練用木製大盾と木製メイスを持ち修練場に踏み入った。
堂に入った立居振る舞いに、気配に気づいたサンバンが手を止める。
「俺も混ぜてくれよ。これでも元特級なんだが、お前らには不足か?」




