③
翌る日、陽がまだ頭を出したばかりの頃、サンバンは目を覚まして身支度をする。脱がされていた上着を着て、傷だらけの胸当てを着ける。胸当ての留め具に引っ掛けるように右肩、左脇から剣を差し込む。
そのまま自分が寝かされていた敷布をたたみ、その上で座禅を組む。目を閉じて呼吸を落とす。肺に空気を取り込み、吐くのと同時に意識を深く沈める。
頭を空にして、心を落ち着ける。
無心になってしばらく、目蓋の裏に光を感じ始めた頃、お呼びがかかった。
「お、起きてたか。おはようサンバン。休めたか?」
可能な限りゆっくり目を開き、最後に一息吐き切る。
それから、柔らかい笑みを浮かべながら頷いた。
「あぁ、大分ね。これなら今日からでも戦えるよ」
「そんなはずありません。全身を強く打ってたんですから、そんな動いていいはず…、なんで起きてるんですか?」
ロイとは別の男が驚愕の表情でサンバンを見ている。丸い眼鏡に聖職者が着る長いローブ、少し縦に長く見える顔からは聖職者らしい勤勉さを感じられる。対して、ロイはサンバンと同じく無精髭を生やし、腰には長剣、背中に盾を背負い、身につけるブレストプレートは所々へこみや傷ができており、彼もまた、長い経歴を持つ冒険者であることを窺わせる。
聖職者の男にへらりと笑い返す。
「昔から身体の頑丈さだけが取り柄でね、これくらいの怪我ならすぐ治るよ」
「嘘でしょう…? 僕の見立てだと早くても全治一ヶ月なんですが…」
「昨日も起きて軽く話したぜ」
「はぁ?絶対安静なんですけど!」
「まぁまぁ、でもこうやって動けてるんだし、ね?」
サンバンがそういうと、聖職者の男は、ため息をつきながら、後でもう一度見せてもらいますからね、と残しつつ腕を組んだ。
「おやおや、賑やかだねぇ、昨日拾ったヤツが起きたのかい?」
「起きたのー? ご飯食べれるかなー」
二人の奥から女の声が聞こえる。一つはハッキリしており、もう一つは間延びした幼い声だ。
「おう、起きたぞ。あーそうだ、話があるんだ、飯のついでに聞いてくれよ」
先に焚き火の方へ歩き出したロイに着いていく。焚き火では鍋が吊るされており、中から食欲をそそる良い香りがしている。
念のため周囲を確認するが、地面に描かれた文字を見て安心する。
結界。このパーティでは数少ない魔法の使い手がいる、と言うことだ。
魔法、体内にある不可視のエネルギーを消費して、奇跡を起こすもの。最近になってその存在が明らかになり、世間にもチラホラとその才能を見せるものが増えてきた。当然、発見されたからあった訳ではない。昔から存在していたものを、人間があらためて認知しただけの話である。
今では魔法の使い手は重宝され、才能が見出せさえすれば都仕えは愚か、貴族としての地位を授かることも容易である。
そんな使い手が、一冒険者パーティに存在している、と言う事実に、警戒を強めた。
「さてと、紹介しよう、サンバンだ」
適当な丸太に腰掛けて、ロイが開口一番に切り出す。
「サンバンと呼ばれてました、よろしくね」
「んで、改めて、俺がロイ、このパーティのリーダーをさせてもらってる。こっちのヒョロ眼鏡がイアン、見ての通りの聖職者だが、実はうちのアタッカーだ。モンクって言うらしい」
「どうも」
先ほども少し会話したので、お互いに会釈する。
「あっちが斥候のアリアリア、本名はあんまり好きじゃないらしいから、リアって呼んでやってくれ」
「リアだよ。あんたを見つけたのはアタシさ、驚いたよ、よく生きてたね」
「身体が頑丈なのが取り柄なんだ。とにもかくにも、見つけてくれてありがとう。ケモノの餌にならずに済んだよ」
「どういたしまして、養生しなよ」
ははは、とお茶を濁す。養生するつもりなどない。
「んで、最後に、リンシア、ウチの防御の要で、結界魔法というのが使える。俺たちが夜安心して寝れるのはリンシアのお陰だ」
「へぇ、そうなんだ。魔法使いなのに冒険者やってるのは珍しいね?」
なんとなしに探りを入れると、リンシアはえへへと眉尻を下げる。
「私この通り鈍臭くてー…、みんなに守ってもらわないと守れないんですよねー…。私の力だと、宮仕え出来るほど守りも固められないからー、気楽な方にしようかなってー」
「僕の幼馴染なんですよ、彼女は。同じ教会で勉強してた縁で来てもらいました」
「幼馴染なんだねぇ…。いやぁ、オジサンもわかるなぁ、鈍臭いって、嫌になるよねぇ…」
「あはー、オジサンって感じじゃないですよー」
そこじゃないんだよねぇ、と思いつつ、ロイがこちらに向き直る。
「こっからはアンタの番だ。名前は聞いた。傭兵だったってのも聞いた。一人でやってたのか?」
「ううん、どこかに所属してたよ。興味がないから名前も覚えてないんだけどね」
「…そんな事ある? んー…、仕事とかは覚えてるんじゃないか? 今までやった仕事とか」
「あぁ、それなら覚えてるよ。最近のだと、アインハルト領とゼイン領の戦争にアインハルト側で呼ばれたね。その前は、ルーカス党首の暗殺、魔獣討伐、サリマン家?の要人警護、ここ最近のだとその辺かなぁ」
「………、」
四人ともお互いに顔を見合わせる。
「全部お前がやったのか?」
「仲間とやったものもあるけど、今あげたのは基本的ボクの手柄になったものだよ」
「…ロイ、彼はブラックジャケットです。関わるべきじゃない」
「それはわかる。だが、アインハルトは戦争に負けた。つまりこいつは失敗した。ブラックジャケットにはもう戻れないだろ」
「そうじゃない、元々犯罪者なんだ。傭兵教育を受けたところで根が変わる訳じゃないだろう?」
「んー…でもそうだったらー私たちもう寝首掻かれてるよねー。それにー護衛もしたって事は誰にでも噛みつく方じゃないって事だしー」
サンバンは気付かれない程度に目を細める。リンシアの評価をプラスに変えた。逆にイアンの評価を下げつつ顎の無精髭を撫でる。
サンバンが与えた情報は三つ。
一つ、暗殺の仕事を請け負った事があり、成功させている。つまり、寝ている間にいつでも殺せたという事。
二つ、対人以外の戦闘経験もある事。
三つ、リンシアの言う通り、自分は狂犬ではないという事。
ただ、自分の所属していた組織が何なのかを知らないのは本当だ。あまりにも興味が無さすぎた。仕事を貰えて、終われば金が手に入り、生きていける。仕事をこなすうちに愛想を覚え、対外的な顔も作れるようになった。
黙っていたリアが、ジッとサンバンを見た後、腕を組んだ。
「街に着くまで、そういう話だと聞いてる。それまでなら良いんじゃないかい?」
「リアまで…、はぁ、わかりましたよ。ただ、僕は信用したわけじゃありませんからね」
そう言い捨てると、食事をさっさと取って出発の準備を始める。
「仲違いさせたいわけじゃないんだけど…悪いね、空気を悪くさせたみたいで」
「良いわ、こっちも戦力は多い方がいい。それに、あんたがここでアタシらを殺してもメリットがないからね。アタシたちが依頼を請け負っている以上戻ってこなければギルドが動く。アタシらの荷物を奪った所で足が付くし、一人でいるほうが危険度は増す。見たところ、何の荷物も持ってないようだし、街に着くまでに野垂れ死ぬだろうね。だから、アタシはあんたに危険はないと判断した。でも、下手なことをしたらすぐに殺す。ブラックジャケットなら、アタシらの罪にはならない」
サンバンは、はは、と笑って頭を振った。
「バカな真似はしないよ。キミのいう通り、ボクにメリットがない。街まで連れてってくれればお別れしよう。イアン君の心労もあるだろうからね」
「そうね、あいつも神経質なんだから、ちゃんと考えればいいのに」
「いよっし決まりだな。じゃあ飯を食ったら発つぞ」
ロイの一声で食事が始まり、リンシアの手料理に舌鼓を打った。
サンバンは好好爺のような笑みを浮かべながら旨そうに食べていると、リンシアは嬉しそうに眺めている。
「よかったー、お口にあったみたいですねー」
「美味しいよ。久々に味のあるものにありつけた。あとでお返ししないとね」
サンバンは器を片付けながら、そういうと、リンシアはそんなのいいですよー、と器を受け取る。