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「面をあげよ、ゼイン卿」
「陛下がお許しである。面をあげよ」
側仕えの言葉に従い、アナセマは顔を上げた。
コケた頬、窪んだ眼窩、増えた白髪に、アナセマはまた歳を取られたな、と心の中で呟く。
「また、丸くなったか?ゼイン卿」
「領主の任についてから、冒険者だった頃よりもかなり運動量が減ってしまいました。にも関わらず、作物は今年も豊作でして、ついつい手が伸びてしまいます。こちらにもお持ちしましたので、よろしければ後ほどご賞味ください」
「そうか、それは良い。盛況でなによりだ。ところで、本題に入る前に気になる事がある。此度の登城、道中賊に襲われたそうだが、怪我人の報告はなかった。聞いていた人数よりも減っている様子もない。何があった」
賊に襲われた事自体は人という動かぬ証拠があるため疑いようはない。しかし、その賊に襲われたにも関わらず、アナセマの一行には傷一つついていなかった。
となれば、軍備を拡大しており、伏兵を所持しているのではないかというのが文官、騎士団含めての見解だった。
秘密裏に軍備を拡大し、また内戦を起こすのではないか、という懸念だ。
だが、それに対してアナセマはにこやかに答えた。
「この度は護衛に冒険者を雇いました。既に文書にてご報告を上げさせていただいたと思いますが、ブラックジャケットとアインハルトの繋がりが明確だったため、似たような手段を取らせていただいたのです」
「…そなたもブラックジャケットを雇ったと?」
「とんでもない、私が雇ったのは、『元』ブラックジャケットでございます。仕事に失敗し、追放されたのち、我が領へ流れ着き、冒険者となったようです。ここしばらく様子を見ておりましたが、ギルド側からもお墨付きをもらい、今回護衛として雇った次第です」
「…腕は確かなようだな」
誇らしげなアナセマに、王は少し眉を顰めた。その表情を見逃さず、アナセマは続ける。
「えぇ、本物ですよ。領民にならないかと誘っても見たのですがフラれてしまいました。冒険者が性に合っているようで、しばらくはどこかに肩入れするつもりは無いようです」
懐柔に失敗したことを明らかにし、戦力にするつもりはない事を遠回しに伝えると、王の雰囲気が若干和らぐ。
とはいえ、そう言った存在が国内にいること自体に変わりはないため、近くの文官に指示を出す。
「卿の護衛に付いたものを調べておけ」
「かしこまりました」
一人が深く頭を下げてこの場を去る。入れ替わりで、焦った様子の兵士が側仕えに耳打ちする。側仕えも目を見張り、王の耳に入れる。
「特級冒険者のザラ・インヴィクティスが謁見を求めています」
「…何用だ」
「それが…ベアトリーチェ殿下の事だそうで…」
眉を顰める。
若干の悩みを見せたあと、アナセマに告げる。
「事情が変わった。アインハルト領への裁定は書状にて伝える。不服があれば遣いを寄越すといい。一度戻れ」
すまぬな、と心ばかりの謝罪をした王にアナセマは深く頭を下げた。
「かしこまりました。では、その様に」
謁見の間を後にしたアナセマは扉の外で大きく息を吐いた。
(やれやれ…つまらないお方になったものだ)
数年前、アナセマが冒険者だった頃の王の表情はまだ明るいものだったが、年々陰りが出ており、今では昔の姿など見る影もなかった。
というのも、領地政策が上手くいっていない事が多いからだろう。その一因は王にもある。王が子供を作りすぎたせいで、あちこちの貴族が王との繋がりを求め、その子供を欲しがった。継承権が低いとはいえ、王になるために勉強し、冒険者業を経た子供達が領主になった結果、それぞれの功を求め始めたのである。
言ってしまえば、アインハルトの様な状況が各地で起きていた。そう、それは、各領地を一つの国として、富と名声のための占領戦争と言っても過言ではなかった。
当然、真面目に領地経営をしていた領主からは猛反発だ。王の子供を求める領主、ほいほい子供を送る王の双方に非難が挙がっている。
それでも、王は子供を送り続けた。
否。
もはやそれしか彼が捧げられるものは残っていなかった。
(ああはなりたくないものだ)
アナセマはもう一度ため息を吐いて、案内と待たせていた私兵と共に来た道を戻って行く。
その途中、見覚えのある顔と見知った顔と出会した。
「サンバンじゃないか、…何かあったのか?」
「…えぇ、納得のいかぬ事態になりまして」
隣にいる人物がベアトリーチェではない。アナセマはすぐさまベアトリーチェに何かがあったと察して、サンバンに言った。
「いいか、行動を起こす前に、必ず私の所に来なさい。場所は教えた通りだ。必ずだぞ」
「…善処します」
隠しきれぬ怒気が伝わってくる。
案内に導かれ、謁見の間に通されるサンバンを見送って、アナセマはいよいよもって天を仰いだ。
「国が終わるかもしれんな…」
呟きは宙に消えた。




