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サンバン  作者: 如月厄人
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 翌日、冒険者ギルド。

 サンバンとベアトリーチェは暇潰しも兼ねて短期で達成可能な依頼を見にきていた。王都自体は魔獣の森から離れていることもあってか、素材採集に魔獣の素材はなく、隊商の護衛や警護などがほとんどであった。だがそのどれもが高額な報酬が用意されており、いずれも重要な積み荷や要人であることが内容を読まずともわかった。

「アンタら、ヒトの掲示板の前で何突っ立ってんだい? 退いた退いた」

「おっと、ごめんね」

 掲示板の上を見れば、確かに人の名前が書いてある。

 振り向いてその場から離れると、ぐるりと視線を巡らせる。

 なるほど、掲示板はいくつかあり、上部に名前が書かれているものはおそらく指名依頼用の掲示板なのだろう。ベアトリーチェと同じくらいの背格好だが、巨大な戦斧を背中に背負った女性が、小さくため息を吐いてサンバンに言った。

「アンタ、その歳でおのぼりさんかい? そろそろ引退も考えときなよ、早死にしたって良いことないんだからね」

「ははは、お気遣いありがとう。そうは言っても、ボクが出来ることは荒事くらいだからね。死なないように上手くやるよ」

「言ってることがアベコベじゃないか。変なヤツだね。アンタ名前は?」

「サンバンと呼んでくれればいいよ」

 赤茶けた髪をかき上げながら不敵に笑う。紫のアイライナーに彩られた翡翠色の瞳が妖しく輝く。

「アタシはザラ。訓練場に来な、アンタがこれからも荒事で食っていけるか見てやるよ」

 ザラ、という名前にベアトリーチェが反応する。生唾を飲む音が聞こえ、騒がしかったはずのギルドが静かになる。

 サンバンは肩をすくめながら先を歩くザラの後についていった。

「サンバンさん…あの…」

「うん、何となく察したよ。彼女が特級?」

「…はい、ここ数年で一番の逸材と言われています。お気をつけて」

「ありがとう。まぁ、軽くやるよ」

 訓練場に入ると、ザラを見た冒険者達が何も言わずに場所を空け、外周に身を寄せた。

「刃引きした獲物を持ってくるのも面倒だね。素手はイケるクチかい?」

「何でも使えるよ。なんならその斧でも」

「ハッ! 言うねぇ!アタシは好きだよ、そういうの。でもねぇ」

 大きな踏み込み、土に足がめり込んだのが見えた。

 ボッ!! と空気を裂く音がして、サンバンの顔の横を拳が抜ける。

 風圧を顔の横から感じながら、サンバンは改めてザラを見やる。

 細身に見えるが、引き締まった筋肉が、溢れんばかりの闘気を発しているのがわかる。鎧はなく、胸を覆うプレートタイプの胸当て、腰当て以外は素肌が見えている。戦斧を奮うのに全身を使っている証拠だろう。重量武器を十全に奮うために余計な荷物を削いでいると考えられる。

 もしくは、別の要因があるか。

 特級が根源を使える冒険者だとすれば、そこにも理由がある可能性は否定できない。

「…あんまり調子に乗ってると痛い目見るよ。次は当てるからね」

「最初から当ててくれてもよかったのに」

「ほざきなっ!」

 足払いを足の裏で止め、拳を振り下ろす。

 片足で器用にバックステップを踏んだザラが面白そうに笑った。

「いーい拳を持ってるじゃないか」

 丸ごと地面に埋まった拳を引き抜いて軽く土を払う。

「加減しようか?」

 その一言で、ザラの顔から笑みが消えた。

「ほぉ? こっちが手加減してやってりゃぁ…」

 ゆらり、と彼女の体の周囲が歪む。サンバンは彼女が意識してか知らずかはともかく、根源から力を引き出していることを確信する。褐色だった肌の赤みが増し、引き締まっていた筋肉が膨張したように見える。

 なるほど。サンバンは納得した。彼女の身体の変化に合う鎧が存在しないが故に、彼女はその格好なのだろう。

 眼光が揺れる。

 視界からザラが消える。サンバンは最後に見えた筋肉の動きと音を頼りに、右斜め後ろからの蹴りを最小動作でかわしつつ、その足を脇で挟む。勢いは殺せないので足を軸に回転しながら、足首の関節を握り込む。

 ゴキ、という感触を確認してザラを放り投げた。

 着地しようとしたザラが驚愕に目を見開きながら、地面を転がった。

「チィッ!」

 掴まれた右足が動かない。たったの一握りで、足首の関節を外されたのだ。完全に死角から入ったはずが、思わぬカウンターに対応ができなかった。

 しかもだ。

「ホントに手加減されるとはねぇ…」

 ダンッ!

 右足を地面に叩きつけ、関節を無理矢理はめ込む。

「認めるよ、アンタはこれからも荒事で食っていけるさ。試すのはここまでだ」

 背中の斧を片手で掴む。

「ザラさん?! ここでの真剣の使用は禁止ですよ!!」

 恐らくギルド職員の言葉だろう。だが、ザラは構わずそれを抜いた。

 手に持った両刃の斧が、赤熱に染まっていく。

 それだけではない。先程ザラの周りに見えた歪みがさらに大きくなり、本人の肌も赤く染まっていく。

 恐らく彼女の根源は、炎。その熱が拡がっているのだ。

 サンバンは少し考えた。

 自分も剣を抜けば、間違いなく殺してしまう。かと言って、新参の自分が問題を起こすのはよろしくない。自分のこれからに関わる。

 なので、

「ここまでにしよう。ボクもそこまでは求めてないよ」

「いいや、アタシが求めてる。退屈してたんだ。アンタ、強いんだろ?」

「………、痛くても我慢しておくれ」

 説得は無理だと諦めた。

 髪紐を結い直す。

 がらりと変わった雰囲気に、周囲のざわめきが止まる。

 ザラの周囲は揺らぎを通り越して湯気になりつつある。かなりの高温だろう。触れられるのは一瞬だと考えた方が良さそうだ。

 結い終わった手をコキコキと鳴らして、少し、身をかがめた。

 対面するザラが斧を下段に構える。

「………、」

 引き締まった口から言葉は発されず、カッと見開かれた目は先程までの柔和さはない。場の雰囲気でさえ、戦場にいるかのような緊迫感に包まれる。入ったばかりの新入りを除き、冒険者達はその緊迫感を肌で感じ、生唾を呑む。戦場を経験し、生き延びた強者は、自分の武器から手が離せなかった。

 サンバンは武器に手をかける事なく、踏み出す。

 直後、彼の真後ろにいた男の顔面に何かが飛来する。反応出来ず顔面で受けた男の顔には、踏み固められた土が掛かっていた。土が落ちるのと同時に、男がその場に倒れ伏す。

 それだけの力で踏み出したサンバンを、ザラは捉えていた。合わせて、最小限に振り上げた斧から熱が放たれる。更に身をかがめてかわしたサンバンに石突を突き落とす。

 とん

「っ!」

 暖簾でも潜るような、軽い動作で、狙いが逸らされる。斧を振るうために腰を落としていた彼女のフットワークは重い。また、狙いが逸れた事で斧を真っ直ぐ突き立てられず、身体を浮かすにも体勢が不安定になる。

 踏み込む音がする。

 ギリ、と奥歯を噛み締める。

 ゴゥッ! と熱波が噴き出し、サンバンを下がらせようとする。

 だが、サンバンは引き下がらない。

 構えた拳を真っ直ぐ、ザラの腹へ振り抜く。

 勝負はついた。勝敗は明白だった。

 ペタリ、と腹に拳を軽く押し当て、サンバンは背を向けた。

 片手で顔を揉みながら、一息。

「熱いからそれくらいにしてね。あと、戦場斧術としてはいいけど、対人斧術じゃあないね。双斧術も納めとくといいと思うよ」

 ズシン、と斧が地面に突き刺さる。

 ザラは呆気に取られた後、ハッとしてサンバンの手を掴んだ。

「先生…、いや、師匠と呼ばせてくれ!」

「ん? んー…もう弟子は一人いるからなぁ…」

 ベアトリーチェに顔を向けると、ムスッとした顔の彼女が怒り肩でずんずんとこちらに向かってきた。

「ダメです! サンバンさんは私の師匠です! もう特級なんだからこれ以上行くところもないでしょう!」

「別に弟子が増えたって良いだろう? それに、特級が一番上じゃないってのがわかったのさ、行かないでどうするんだい!」

 それが冒険者ってもんさ! と断言したザラにベアトリーチェがくっ、と言葉に詰まった。あくなき向上心、未知への好奇心、冒険者を構築する最大の要素をくすぐるには、サンバンというエサはあまりにも大きすぎた。

 なんならベアトリーチェも釣られた一人なのだから何も言えない。

 困った顔をしてサンバンを見ると、サンバンも困った顔をしていた。

 サンバンからすれば、どっちでもよかった。教えるだけなら手間ではないし、特級へのコネが出来ると考えると安いとは思っていた。

 しかし、その分ベアトリーチェにかける時間が減ることは目に見えているので、ベアトリーチェの気持ちもわからないでもないのだ。

「見つけましたよ。ベアトリーチェ殿下」

 冷たい声が熱気のこもる修練場に響いた。

「…ツヴァイ?」

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