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サンバン  作者: 如月厄人
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 馬車に揺られながら、サンバンの肩に寄りかかるベアトリーチェが倒れないように注意しながら、小窓から外を眺める。

 湯浴みから上がったところでベアトリーチェは力尽きた。幸い、準備は済ませていたので、馬車が到着するであろう時間までに片付けは済ませることは出来た。

 サンバンは自分がやらかしたことを思い出して、またため息を吐いた。

 この歳、と言っても自分が30を超えていることくらいしかわからないが、それまで性欲を発散させてこなかったとはいえ、ここまで自分が暴れるとは思っていなかった。だと言うのに、この生娘は最後まで付き合おうとしたのだから、どれだけ慕われているかわかると言うものだ。

 無論途中で我に返ったサンバンが中断を宣言し、この日は終わりを迎えたわけだが、見ての通り、ベアトリーチェは体力を使い切り、眠りについてしまった。

 また、かなり身体を酷使させてしまったので、明日も使い物になるかどうか。明日はサンバン一人にまかせて大人しく練習でもさせようかと考えていたところ、馬車が館に到着する。御者がベアトリーチェが寝ていることを配慮してか、かなり優しく止めてくれたようで、ベアトリーチェが起きる様子はない。

 出迎えの執事達に荷物を任せ、ベアトリーチェを抱え上げた。

 玄関ホールでは明日の荷物をチェックするアナセマがいた。アナセマもこちらに気付いて軽く手を挙げる。サンバンが会釈で返すと、ベアトリーチェを覗き込んで困ったような笑いを浮かべた。

「まだそんなに夜もふけてないのだがな。まぁいい、部屋は用意してあるから、そこに寝かせてくると良い。夕食は食べたか?」

「いえ、食べてませんね。けど、この様子じゃ起きなさそうだから、持ち合わせの携帯食で間に合わせますよ。あと、渡すものがあるのでここにいてください」

「わかった。荷物の確認にしばらくかかるから、まだここにはいるぞ」

 わかりました、と返して、サンバンはベアトリーチェを運ぶ。彼らの荷物も部屋に届けられていたようで、ベアトリーチェをベッドに寝かせてから、鈴を取り出す。

 ちりんちりんと鳴らしながら玄関ホールに戻り、アナセマに渡した。

「コレは?」

「ボク除けです。乱戦で巻き込まないようにするためのものと思ってください。腰にでもつけていただければ」

「君除けか、ふふ、面白い表現だな。わかった。着けておくよ。ところで、ベアトリーチェ殿は寝てるから良いとして、君は夕食を食べないのか? 今ならまだ用意できるぞ?」

「ボクだけいただくのも不公平というものです。不満の種は極力無くしておいた方が、後が楽ですよ」

「一理ある。はぁ、ほかの貴族がたも、君のような考えを持ってくれれば良いものを…。おっと、これは君に言ってもしょうがないな。何か確認しておくことはあるか?」

「では、編成の確認をさせてください。自分の立ち位置と役割を決めます」

 わかった、とアナセマが頷き、二人は紙を広げながら編成を確認する。馬車は三台、先頭に執事や世話係と言った従者が乗る馬車、真ん中はアナセマが乗り、最後に食料や手土産などの荷物を乗せる。付いてくるアナセマの私兵は十二人。それぞれに四人ずつ着き、有事の際にはどれが本物かわからぬようにそれぞれの馬車が別方向に逃げるのだと言う。

 ともすれば、サンバンの立ち位置は殿だろう。背後からの奇襲と左右からの挟撃を避ける意味で、後方から中域まで足を伸ばせるからだ。ベアトリーチェには先頭、もしくはアナセマと同じ馬車の中にいてもらい、広範囲に索敵してもらうのが良いだろう。

 まだ動きながらの索敵は難しいだろうから、中にいてもらうのが一番かもしれない。

 アナセマにそう伝えると、アナセマは頷いて、任せる、とサンバンに返す。何故だか知らないが、かなり信用されているらしい。これは成功させないと夢見が悪いな、と思いつつ、変なこだわりを押し付けられても困るので素直に感謝しておく。

 最後に挨拶して部屋に戻る。持ってきた荷物の中を漁り、携帯食を頬張る。

 食事はあるだろうが、念のため持ってきたものだ。ここで使うとは思っていなかったが。

 多少腹が満たされたところで、ベアトリーチェの様子を伺い、やはり起きなさそうなのを確認して、自分も床に入ることにした。

 もちろんベッドは二つ用意されており、サンバンが使うために用意されていたのだが、サンバンはそのベッドのあまりの柔らかさにむしろ居心地が悪くなり、備えられていたソファに横たわる。手すりに頭を乗せ、こちらの方がまだマシだなと思いながら目を閉じた。

 導火線の端を掴む。

 勝手に火がついてくれるなよ、と自分に言い聞かせながら、また火薬を仕分けていく。

 そして、やはりと言うべきか、火薬の総量が多くなっている気がした。根源を鍛えれば成長すると言う話は聞いたことはないが、魔獣が根源を摂取して成長するのだから、日常的に様々な根源を取り込んでいる人間が成長しない訳がない。人間も生き物である以上根源を持っていると言う例から外れることはないのだから。

 それにしても、最近の増えるペースが早いように思える。

 細かい制御は不要と考えていたが、サンバンもその訓練をする必要が出てきたのかもしれない。

 そんなことを考えながら、眠りにつく。少なからず消耗していたサンバンも深い眠りに落ち、気がつけば陽が昇っていた。

 身体を起こして肩と首を回す。少し凝っているが、動いていれば解れるだろう。ベッドに目を移すと見惚れるくらい綺麗な寝相のベアトリーチェがおり、生まれの良さはここでも出るのかと少し驚愕する。イビキの一つもなければ、寝返りをうった様子すらない。もしかして死んでるのでは、などとありもしない事を思いながら、彼女の胸部が呼吸によって上下するのを見て安心する。

 しばらくその寝顔を眺めていると、部屋に向かってくる足音を感じる。やがてノックの音が響いた。

「失礼いたします。朝食のご用意ができましたが、お召し上がりになられますか?」

「あぁ、いただくよ。準備ができたら行こう」

「かしこまりました。部屋の外にてお待ちしておりますので、整いましたらお声がけください」

 扉が閉まる。ベアトリーチェを揺すり起こして、着替えを促す。

「ほらご飯食べにいくよ。そのまま仕事だ」

「んぅ…ふぁ…ぁ…。ふぁぃ…」

 寝ぼけ眼のままもったりとした手つきで服を脱ぎ始めるベアトリーチェのその白い肌にうっかり見惚れかけ、胸を拳で一突きして部屋を出る。

「済まないが彼女の着替えを手伝ってもらってもいいかな?まだ寝惚けているらしい」

「? かしこまりました」

 扉を開けてギョッとしたメイドを尻目に昨日の夜に案内された道順に逆らって進む。一人で歩いていたら訝しまれるかもしれないが、これ以上手間を取らせるわけにも行かないので、覚えた道を頼りにダイニングへ向かう。扉を自分で開けてアナセマと目が合いその目を丸くされた。

「案内を行かせたはずなんだが…、何かあったかね?」

「彼女にはあの子の着替えを手伝ってもらってますよ。昨日修練のしすぎで疲れてしまったようで。配置的にはあまり体力の使わない位置だから、多めに見てやって欲しい」

「それは構わないが…何をしたんだ?」

「………、」

 一瞬、躊躇って。

「根源を使う訓練ですよ」

 嘘はついていない。

 ただ、アナセマはベアトリーチェと同じように目を丸くして、首を傾げた。

「根源を…使う? 魔法使いでもないのにか?」

「この知識はよっぽど冒険者には貴重と見受ける。ベアも同じ反応をしてました。根源を使うのは生き物ならできると思うんですがね」

「その言い方だと私は生き物じゃないみたいだな。そんなに難しいのか」

 食事をしながら器用に話すアナセマの向かいで同じく食事を始めたサンバンはんー、と少し悩んだ。

「ボクはその訓練をずっとしてきたので、今更難しいかどうかはわかりませんが、少なからず訓練をしたところで根源の有り様すら掴めないこともあります。有り様がわからなければ訓練は意味を成しません。そうして切り捨てられてきた人達は五万といます」

「お…おはようございます…」

 そこまで話したところで、ベアトリーチェがいつもの鎧に包まれた状態で現れる。案内役のメイドがぺこりとお辞儀をして退室し、ベアトリーチェは気恥ずかしそうに席についた。

「申し訳ありません、依頼日に寝坊など…」

「いや、出発まで時間はある。寝坊というにはまだ早い。それより、彼に話を聞いたのだが、根源の訓練をしているとか。そんなに厳しい訓練なのかね?」

「え? えっと…そ、そうですね…まだうまく扱えないと言いますか…」

 歯切れが悪いながらも、言葉を続ける。

「細かい制御を効かせようとすると身体を動かす際に意識が分散してしまって、鈍くなります。かと言って大雑把に使うだけでは乗り切れない局面はきっと来ます。ただ、その加減が難しくて…」

「ふむ…その訓練は私でも出来るのかね?」

「できますが、まずは根源を見つけるところからです。見つからなければ諦めた方がいいでしょう。よほど奥に眠っているか、自分の事が信じられないかです」

 サンバンの言葉に一頻り唸ってから、馬車で試してみようと言って席を立つ。

「食事を続けていてくれたまえ、私も出る準備を済ませてしまおう」

 サンバン、ベアトリーチェは荷物さえ持って来れば出られる格好ではあるものの、依頼人よりゆっくりしているわけにもいかない。

 サンバンも目の前の食事を平らげて席を立つ。それを見たベアトリーチェも掻き込もうとするが、サンバンがそれを止めた。

「荷物を取ってくるだけだから、ゆっくり食べて。体調はどう?」

「ちょっとお腹が痛いくらいで、他は大丈夫です」

「そう、無理しないようにね。昨日アナセマさんとは話して、君の配置は馬車の中にしてある。依頼のついでに修練をするといいよ」

「そんな…! 私は使えないと言う事ですか?!」

「………、ボクが使えない物を持ってくると思うかい」

 声の温度が下がったサンバンに、ベアトリーチェは芯が極地まで下がったような圧を感じた。

 よく考えろ。額面通りに言葉を受け取ってはいけない。

 喉が求めた水分を唾液で押し込み、呼吸を整える。

「…場所は…どこでしょうか」

「三つある馬車のうち真ん中だよ」

「…わかりました。広範囲の索敵ならお任せください。ただ、未熟ですみません。確かに、歩きながらはまだ難しいです」

「ん、大丈夫だよ。殿はボクが持ってるから、主に左右の挟み撃ちに気をつけてくれればいいよ。進行方向の索敵が出来ないほど私兵の方々も下手じゃ無いだろうから」

 相合を崩し、声に温度が戻る。それじゃ、と部屋を後にしたサンバンを見送り、ベアトリーチェは深呼吸をして、食事を再開した。

 失言だった。あまりにも稚拙で、感情に任せた発言だ。公私混同も良いところだろう。カミナリが落ちる前に取り戻せてよかった、と安心する一方で、同じ失言をしないようにと気を引き締める。

 考えてみればお互いに身体を重ねたとはいえ、恋仲と言えるかどうかも怪しい関係である。

 あれ…コレは…よろしくないのでは…?!

 いくら冒険者とはいえ、カラダだけの関係というのが如何に爛れた関係なのかがわからいではない。

 早々にこの関係に名前をつけねばならぬ。食事を終わらせ、自分の荷物を取りに向かう。その途中、二人分の荷物を抱えたサンバンと出会す。急いで自分の荷物を受け取り、隣に並ぶ。

 そして結局、何も切り出せずに出発の時間になってしまったのだった。

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