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翌日、二人は遠征に必要な物の買い出しに走った。本来なら二日に分けてやる物ではあったが、前日が前日だったので、なんの準備も出来ていない。
手持ちを確認しつつ、装備の最終点検、野営や護衛に必要な道具を買っておく。ベアが気になったのはそれぞれ音の違う三つの鈴だった。一つを自分につけ、もう一つをベアに渡す。
「腰にでもつけておいて。それで判別できる」
「何のですか?」
「敵か味方か。護衛対象を斬るわけには行かないから、もう一つはアナセマさんに渡す」
無条件に渡された鈴に、顔が綻ぶ。
「大事にしますね!」
「いや、使い捨てだから大事にされても…まぁいいか」
早速腰につけるベアトリーチェを見つつ他に必要なものを頭に浮かべる。研磨材と簡易的な医療セット、念のため小手と具足くらいは予備を持ったほうがいいだろう。
これも、どちらかというとベアトリーチェ用になる。
「着替えも持っていかないとですから、やっぱり結構大荷物になりますね」
「あぁ、それもあったね。取りに帰らないとかなぁ」
十日程度ならサンバン的には問題ないが、女性だとやはり気になるのだろう。定期的に水浴びする時間をとってやる必要がありそうだ。
準備を済ませ、食事も終わらせた後、サンバンはリビングのカーペットにベアトリーチェを座らせる。正面に禅を組み、真似して、とベアトリーチェに言った。大人しく足を組んだベアトリーチェが不思議そうにサンバンを見る。
「君の根源は広大だから難しいかもしれないけれど、二つ、試して欲しい事がある。一つは、力を部分的に使う、という事だ。今君は大雑把に自分の知覚と照らし合わせた索敵や、物を引き寄せる力を使っているね。コレを細かく分けるんだ。例えば、索敵なら聴覚だけに絞ったり、視覚だけに絞ってみるとか。引き寄せる力なら、ピンポイントに体の一部だけを引っ張ってバランスを崩させたりとかだね」
ふんふん、とベアトリーチェが頷く。実践する前にもう一つも話してしまおう。
「もう一つは、今やっていることの逆のことをするんだ。索敵ではなく、陽動、もしくは目潰し、耳潰し、要は相手の感覚を潰すことだ。コレをすると複数を相手にするとき、相手の連携を崩せるだろうね。それから引くのではなく押す事だ。護衛対象を自分に引きつつ、相手を押し出す事でより安全を確保する事が出来るようになるかもしれない。この依頼の中で使えるようになればかなり楽に護衛が出来る様になるはずだ」
「なるほど…、ちなみに、その二つとこの体勢には何か意味が?」
「無い。けど、ボクが集中しやすい体勢だから、教えただけだよ。ボクはボクで瞑想するから、残りの時間で好きにやってみて」
「は、はい!頑張ります!」
サンバンは禅の股と足の間に両の手のひらを上に向けて重ねて置く。親指を合わせて目を閉じた。
またうず高く積み上がった火薬を小分けにしていく。サンバンは、この大きな力を小さく分けて局所的に使うことに長けていた。自然体でありながら、必要な時にだけ即座にトップギアまで上げられるので、力を使い続ける必要はなく、そういう意味では楽な根源と言える。
制御する、というよりも状況に合わせて使うだけなので、ベアトリーチェのように幅の効いた使い方は出来ないが、そう複雑でも無いのだ。
そう、あくまで自分は道具であり、用が済めば捨てられる。そういうモノなのだ。
自分という存在に酷似した根源に冷笑が浮かぶ。
ただ、その道具は使いようによっては使い手をも壊しかねないということも、同時に再認識する。
「…、」
何かが触れた感触。実際に触れられたわけではないのは感触からして確かだ。つまり、コレは彼女の根源がサンバンに力を及ぼしていることになる。
加減をしてるのか、サンバン自体はびくともしていないが、触れられている感触は体のあちらこちらに移動しているのはわかる。練習に付き合うと言った手前嫌がるわけにはいかないのだが、こそばゆい感覚が這いまわっているのでちょっと気持ち悪い。
「はぁ…はぁ…。んくっ…。はぁ…」
荒い息遣いが聞こえてくる。彼女なりに苦労して調整しているのだろう。繊細なコントロールができてこそ、真に使いこなせていると言えるのだから、これも訓練のうちだ。
が、
「はぁ…」
べしっ
「はう!」
「人の体を触って興奮しないの。真面目にやりなさい」
「こ、興奮してるだなんてそんな…そんなこと…ナイデスヨ?」
「こっちの目を見て言ってもらいたいものだね」
もう一度大きくため息を吐いて、サンバンは立ち上がった。
「そんなにしたいなら夜までしようか? 君の体が保つかは、知らないけどね」
ひょいとベアトリーチェを抱え上げ、階段を上り始めるサンバンにベアトリーチェは狼狽えるしかない。
「ゆ、湯浴み!せめて湯浴みを!」
「終わったらすればいいよ。まぁボクも初めてだから時間かかるだろうし、終わってからゆっくり入ればいいよ」
あっという間に二階のベアトリーチェの部屋に連れ込まれ、ベッドに横たえられると、サンバンも固い面持ちで、一息吐いた。
「ボクも、余裕はないからね」
「…はい」




