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サンバン  作者: 如月厄人
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「それより、話を戻させてください。根源を使うとはどういうことですか?」

「そのままだよ。根源から力を引き出す事さ。まずは感じるところからだ。目を閉じて、頭を空にする。この辺りに意識を集中させるんだ。根源の有り様は人によって違う。君は何を感じる?」

 ベアトリーチェが言われるがままに目を閉じる。サンバンはベアトリーチェの鳩尾あたりに手を添える。彼女は眉を顰めながら唸る。

「………わかりません」

「何でもいい、小さなことでも見逃すな。五感を全て自分の内側に向けるんだ。何を感じる? 何が浮かぶ?」

「…せせらぎ……、これは…水…?」

「それが君の根源の形だ。せせらぐ水を更に大きくしよう。そこには何がある? せせらぎが行き着く先は?」

「…海…おっきな…うみ」

「そう、君は海だ。海は君だ。君の中には海がある。それが根源を引き出す鍵だ」

「海が…鍵」

 添えていた手を離す。目を開いたベアトリーチェの心は、不思議と爽やかだった。

「君のこれから課題は、君の思う海を確立する事だ。瞑想でも書き出すでも良い。君が思う海を明確にするといい」

 もう一度小さく海と呟いてから。ベアトリーチェは大きく頷いた。

 サンバンはその髪の色とは真反対の水という単語が出てくることに少し驚いたが、普段の落ち着きを考えれば確かに間違いではないと思えた。

 とはいえ、ここからが彼女の難しいところだ。根源の有り様がわかったとして、そこから力が引き出せるとは限らない。力にならない根源もあり得るからだ。彼女の海が荒々しさを持たない平穏なものなら心を落ち着かせるのに役立つだろうが、彼女の求める力にはならないだろう。

 それにしても、とサンバンは唸りながら悩むベアトリーチェを見て思う。サンバンが思うよりも根源を見つけるのが早かった。素質自体はそもそも持ち合わせていて、無意識に使っていただけなのかもしれない。何かが足りないと感じていたのも、もしかすると以前何処かで偶然引き出せたことがあったからかもしれない。

 ともあれ、これで当分の食い扶持は確保したと言って良い。サンバンは木に寄りかかりながらその場に座り込み、胡座をかく。目を閉じて、風を感じながら、自分の内側へとゆっくり感覚を向ける。

 目の前には、導火線。火はまだついておらず、長い道のりがその先にある。その線の先には、大量の火薬。

 また少し増えたかな、と感じつつ、火薬の山を、ある程度決まった分量で取り分けていく。当然実際にやっているわけではない。頭の中で、身体の内側で、そうであるようにと考えているだけだ。

 分量を変えたところで、火薬の本質に変わりはない。

 それぞれに導火線を引き、一息。目を開いて視線を上げてみれば、解体を終えた業者達が休憩がてらに談笑していた。サンバンの思った通り、収穫はかなりあったようだ。サンバンへの報酬も期待できよう。

 ベアトリーチェはまだ隣で唸っている。邪魔するのも悪い、ということにして、ダイの元へ向かう。

「終わったみたいだね。収穫はどうだい?」

「いやぁーっはっはっはぁっ! 上々よ上々! こんだけ素材が取れれば、装備も仰山作れる! そうだ、報酬を追加するぜサンバン、あんたに装備を作ってやろう!どんなんがいい?」

 確かに、今着ている装備も随分と年季の入ったものだ。くれるというのなら替えるのもありだろう。

 サンバンは少し悩んだ。

「流しの服がいいなぁ。あんまりキッチリしてないものがいい。冒険者らしいものとか特に必要ないからね」

 今彼には普段使い出来る服がない。魔獣の素材で作るのもいかがなものかと思ったが、むしろそのまま依頼を受けられるのだから有りだろうと思い直した。

「そんなんでいいのか? 欲がねえ奴だなぁ。まぁ、それくらいなら大丈夫だろ。よっしお前ら撤収だぁ!」

 ダイの声に気前のいい返事が返ってくる。サンバンはまた馬車の荷台にお邪魔して、揺られ始める。遅れて、ベアトリーチェが乗り込んできた。そのベアトリーチェの背後、森の茂みに隠れた視線を感じる。

 一、ニ、三…、五人ほどだろうか、付かず離れずの距離で馬車の後をついてきていた。

 冒険者やダイが気付いた様子はない。

 何もしてこないならそれでいいが、狙いがなんなのかによって行動を変えなければならない。

 といっても、サンバンの追手か、それ以外かの二択しかないわけだが、サンバンの追手なら彼らを巻き込むのはサンバンとしても不本意だった。

 感じる視線は、サンバンに向くこともあれば、外れることもある。ただ、その視線に殺意がない。追手ではないのではないか、そう思った矢先、視線が殺意に変わる。しかしそれも一瞬、殺意は消え、また視線を感じるだけになった。

 何かを迷っているような感じだが、いまいち意図が汲み取れない。

「………」

 ほうっておこう。

 思考をやめて目を閉じようとした時、ベアトリーチェがハッとする。

「…誰かに見られてませんか?」

 思考に集中していたはずのベアトリーチェがそんなことを言う。サンバンは閉じかけた目を開いてベアトリーチェに尋ねた。

 もしかしたら、彼女は当たりを引いたのかもしれない。

「それはどうして?」

「うまく言えませんが…海の隅に、何か異物を感じて…、それを突き止めようとしたら、視線に行きつました」

「そっか」

 サンバンは冷ためにあしらう。わかったのならどうするか、なんて事のヒントを出すほどサンバンはお人好しではないし、冒険者である彼女が決めるべきだと判断する。

 驚きもしなかったサンバンの様子を見て、ベアトリーチェも、サンバンがすでに気付いている事を察した。その上でサンバンが行動しなかった意味を考える。

 相手に敵意がないか、自分に害がないから放っているだけか。後者であれば、周囲に被害が起こりえる。ベアトリーチェはいまだにサンバンという人間性を掴みきれていないため、後者の可能性を捨てきれなかった。

 ベアトリーチェは背中にスタックしていた盾を掴む。

 荷台から飛び降りようとして、ふと思い至る。

 海は、即ち潮である。

 引き潮は力強くモノを引き寄せることが出来る。自分にもそれが出来るのではないか、そう考えて、盾を構えたまま目を閉じる。

 思い浮かべるのは、波が引くその瞬間。

 建物をも引き込むその力強さ。

 盾を強く掴み、目を見開く。

「来い…!」

 瞬間、不可視の力にソレが引き寄せられる。

「なんっ!?!」

「っ! アイン?!」

「ゴハァ!!」

 引き寄せる力が強すぎたのか、もう動き始めたせいで止められなかったのかはわからないが、飛んできたソレを盾で叩きつける。

 荷台に盾で叩きつけられた紳士風の男は、完全に伸びてしまい、残念ながら話は聞けなさそうだった。

「あと四人」

 サンバンがそういうと、ハッとしたベアトリーチェが盾を改めて構えながら、声を張った。

「このような目に遭いたくなければ出てきなさい!」

「お、お嬢様! 我々です!」

 出てきたのはいつもベアトリーチェと組んでいるパーティの面々だった。

 ダイが馬車を止めさせ、前の方からやってくる。参加予定のなかったメンツがいる事に怪訝な顔をしながら、ベアトリーチェに尋ねる。

「コイツらは来ないんじゃなかったのか?」

「え、えぇ、その予定でした。彼らには今日は休暇だと伝えていたと思うのですが…」

 軽装に身を包み、背中に弓を持った女が前に進み出る。短く揃えられた黒髪が揺れ、鋭い視線がサンバンを捉えながら口を開いた。

「我々はお嬢様の身に何かあってはいけないと思い、見守りに徹していただけ。依頼の邪魔をするつもりは毛頭ございません」

「…ツヴァイ、それはどう言う意味ですか」

 ベアトリーチェがツヴァイと呼ばれた女を睨みつける。また面倒な事になりそうだとサンバンは一歩離れたところで静観する事にする。

「今一度申し上げます。今の私はお嬢様ではありません。冒険者のベアトリーチェです。その私の身に何か起こったところであなた方になんの関係があると言うのですか」

「大有りです。お嬢様は第一席を退いたとは言え、未だ貴き血をその身に宿すお方。冒険者としての死など、誰一人として望んではおりません」

「私は、望んでいます。漸く許されたこの身をまた縛り付けるなどあり得ません。私は冒険者として骨を埋めます」

 ベアトリーチェもツヴァイも引く様子がない。

 ただ、サンバンは彼女が物足りなく感じるのも道理だと感じた。

 きっと、この女が裏で手を回しているのだろう。等級が上がりさえすれば満足するだろうとたかを括っているのだ。

「揃いも揃って…」

 出かけた言葉を仕舞う。思った事を口に出してしまうのは悪い癖だと教わったが、依然治る気配はない。もはや治す必要も無いかもしれないが、治しておいて損はないだろう。

 ため息だけ吐いて、ダイの側に寄る。

「因みに、ギルド側は結託してないよね?」

「…そうしてやる必要のある御仁であることは知ってる。だが実力者を放置できるほどここは平和じゃない」

「そう、それならいいよ」

 ダイからベアトリーチェ、ツヴァイへと視線を移し、ツヴァイの側に寄る。当然ツヴァイが怪訝な顔をして離れようとするが、足は地面につくことはなかった。

「…え?」

 唐突に感じた浮遊感。次いで、落下。

 ドッ、と背中に感じた痛みに声を出さぬように耐えながら、罵声を飛ばそうとしたところで口が塞がる。今度はベアトリーチェが降ってきた。

 近寄ってくる動作はゆっくりなのに、その手捌きがまるで見えない。そして、サンバンは人一人を軽々と投げられるような体躯には見えない。だと言うのに、彼は自分と同じか、それ以上ある男でさえ、ツヴァイと同じ高さまで投げ上げた。

 やがて、アインを含めた六人が全員荷台に積まれると、ダイに声を掛けた。

「行こう。僕はお昼ご飯が食べたいんだ」

 朝早くに出たため、まだ日は天辺に登りきってはいないが、今帰れば丁度昼時というタイミングでもある。

 ダイはやれやれと肩をすくめ、御者に出すように言う。

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