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ベッドから降りてダイと共にギルドから出る。陽は完全に登りきり、露天もちらほらと開き始めているようだった。ダイの足は昨晩連れて行かれた酒場とは違う店の扉を開く。外に掛かっている看板は食堂ではなく宿屋だったが、扉の中は食堂のようになっていた。
「女将さん、二人、空いてるか?!」
「空いてるよ!好きなとこ座んな!」
ダイの大きな声に反応してお盆を持った女性が声を張る。数人がこちらに視線を寄越すが、それも直ぐに無くなる。が、サンバンは聞き覚えのある声に呼び止められた。
「サンバンさーん!」
立ち上がって大きく手を振るリンシアが少し奥に見える。当然ながら他三人も同じテーブルについており、サンバンを見るなり驚愕の表情で食事の手が止まった。
ダイがサンバンを見ながら知り合いか?と尋ねる。
「彼女らに拾ってもらったんだよ、怪我の治療をしてくれたのも彼女らだね」
「へぇ? じゃああそこにするか」
ちょうど空いていた隣の机に二人が着くとリンシアが嬉しそうに声をかけてくる。
「サンバンさんも冒険者になったんですよねー? 査定はどうでしたー?」
「まずまずだね、8級になったよ。これでしばらく食べるのに困らなそうだ」
「えー!サンバンさんで8級は冗談ですよねー?」
うんうん、と他三人も大仰に頷く。サンバンが苦笑いしているところに、ダイが割って入る。
「その通り! 本来なら特級レベルだぜ。なのにこいつときたら、目立ちたくねぇからって蹴飛ばしやがった。お前らからも何とか言ってやってくれよ」
「ダイさん、そいつぁ無理だ」
リンシアが何かを言う前にロイが言い切る。その顔は諦めたような顔ではなくダイを諌めるような強い意志を持った顔だった。見ればイアン、リアも同じような顔をしている。
「今ここで話す事じゃあねえから言わねえし、サンバンが言ってねえなら俺も言わねえ。けど、目立つような事はしてやらねえでくれ。寿命が縮んじまう」
ロイの言葉に嘘はないと信じるには十分すぎるほどの面持ちだった。たしかに、受付嬢のローサから引き継いだ時も、訳ありの傭兵だ、と言う事は聞いている。
本人が望まない事を押し付けるのは確かに野暮な事でもある。自分の勤めるギルドから特級が出れば、街を含めて盛り上げる事は出来るが、今すぐ必要かと言われればそうではない。
自分が負けた事で何かのスイッチが入ってしまったのだろう、確かに、今のダイはサンバンに肩入れし過ぎている節がある。自分でも分かってはいるのだが、それをしてしまう何かがサンバンにはあった。
そう、今まさにパンテーラ冒険者ギルドの顔になれそうなベアトリーチェを上回る何かが。
確かにベアトリーチェは頑張っている。位の高い生まれではあるものの、家の力に頼らず自分で仲間を集め、等級を上げていった。もちろん順調な上がりとは言い難かったが、彼らの結束力であればこの街初の準2級冒険者が誕生するだろう。
だがそこまでだ。
それ以上上に行くには、彼女には何かが不足している。それは残念ながら3級で足踏みしてしまったダイが知るものではないが、彼が今でも自分に足りないと思う何かであり、同時に彼女たちに不足している何かであった。
サンバンが等級を上げ、彼らを追い抜く事で、その何かが見えてくると思っていたのかもしれない。彼は強い、強いが、それだけではないのだ。
だが、ロイにここまで言われてしまった以上、ダイが強行するのはお門違いと言うものだ。しょうがねぇ、と大きなため息を吐いたのち、店員に料理を二つ頼む。
「俺のオススメだ、美味かったら次もここに来いよ」
「あぁ、そうするよ」
ロイはダイが素直に忠告を受け止めてくれた事に安堵しつつ、またリンシアが調子の良い事を言わないように四人での会話に引き戻す。今日行われる素材回収には参加せず、別の場所で依頼をこなす予定を告げる。それに耳を傾けながら、サンバンも一息ついた。
リンシアが慕ってくれるのはありがたい、精神的な味方は何人いてもいい。ただ、関わり続けるのは毒だ。彼女が自分の何をそこまで気に入ったのかさっぱりわからないうちは、適切に距離を置くことが必要だろう。
「そうだ、サンバン、今日の予定だが…」
ダイの話に頷きながら、食事を終え、サンバンだけが先にギルドに戻ってきた。ダイはそのまま馬車の借り付けに行ったため、戻ってくるまではギルドで待機することになる。




