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翌朝、ギルドの医務室の小窓から、漸く小鳥のさえずりが聞こえ始めた頃、サンバンは目を覚ました。
日も登りきっていない明け方に、静かに身体を起こし、身体の調子を確かめる。怪我は既に完治したようで、身体を動かしても痛みは感じない。サンバンはイアンの言っていた全治一ヶ月も、自分には当てはまらないなと一人で苦笑いした。自分の怪我の治りの早さは、組織に属していた頃から変わりなく、サンバンの身体を支え続けてきた。
どうして治りが早いのか、疑問に思ったこともないし、持つ必要も感じていない。そういうものだと思っている。
サンバンは胡座をかいて、改めて目を閉じた。深く呼吸を繰り返し、頭の中の不純物を取り除いていく。
今日の仕事が始まる。
ギルドの扉が開く音がする。鼻歌まじりに床を擦る音が聞こえる、パタパタと楽しそうな足踏みがする。声からして恐らく女性、しかもかなり若いようだ。
恐らく誰もいないと思っているのだろう。サンバンは壁に寄りかかりながら、目を閉じてそれを聞いていた。こちらまで楽しくなるようなリズムに、口角が緩む。こう言った娯楽は前の職場では少なかった。
そういえば、と顔を上げる。
自分は仕事をクビになったのだな、と改めて感じる。普段ならこの時間には皆起き始めて、仕事を貰いに動き出す頃合いだが、今はパタパタと掃除をする楽しそうな足踏みしか聞こえてこない。
今までになかった不思議な感覚に、少しこそばゆくなった
そこへ、ギルドのドアがまた開く音がする。荒い足音だが、この足音をサンバンは既に知っている。
「おろ? ダイさんお早いですね。今日は早番でしたっけ?」
「おう、マスター、おはようさん。ちげえよ、今日は魔獣の素材回収に同行するんだ。その下準備だな。馬車やら運送屋の手配だ」
「なーるほど、昨日新しく登録された方も行くんでしたよね」
「あぁ、そうだ。それより、昇級依頼は発行できそうか?」
「7級ならストックがありますからいつでも大丈夫ですよ、あとは本人が受けるかどうかですね。あまり昇級したくなさそうとは聞いてますけど、どうですかね?」
「そこなんだよなぁ…」
どっかりと椅子に座る音がする。自分のことで頭を使わせているようで少し申し訳なく思ったが、事実上げたくないのだからしょうがない。前職の事もあり、あまり有名になりたくはなかった。
門番が問い合わせた時点で、自分の居場所は割れている。追手が出るかは、アインハルト次第だろう。
ブラックジャケットとは、そういうところだ。仕事に失敗したのなら、その傭兵は即解雇し、組織は責任を負わず、全ての責任を仕事を行なった傭兵に押し付ける。
失敗した傭兵がどうなるかは、その時々だが、失敗した報いを受ける事に変わりはない。とはいえ、今いるのはアインハルトが敗れたゼインである。簡単に追手が出るのかは疑問だ。さらに言えば、戦争に負けたのだから、賠償金や損害修復でしばらくはそれどころではないだろう。既に報いを受けた傭兵も目にしている。
そのため、サンバンは細々と冒険家稼業で食い繋ぐつもりであった。
「ま、あの口ぶりからしてしばらくここから出て行くことはないだろうし、等級はほっぽって高難度の依頼を受けさせてもいいと思うぜ。俺が保証する」
「んー…それはおいおい考えましょう。まずは提案から、です。それに、高難度を渡してしまうと、ギルドとしての目も疑われてしまいますから」
それもそうか、もダイの声が聞こえたあと、思い出したように声を上げる。
「マスター、ギルドの中、特に変わったことはなかったよな?」
「え? はい、ありませんでしたけど」
「よかったよかった」
足音が近づいてくる。扉が開くのに合わせて顔を上げた。
「おうサンバン、起きてたんなら、飯にしようぜ」
「おはよう。おはようございます、ギルドマスターの方、だよね? 今度その歌、ちゃんと聞かせてくれるといいな」
「へぁ?! い、いたんですね…お恥ずかしい…」
扉の向こうにいた、うら若き乙女が頬を赤らめて持っていた箒で顔を隠した。その箒からはみ出るほどの長い耳が、彼女が人間とは違う存在であることを示している。恐らく、彼女の中の根源が溢れた結果なのだろうと推測し、ただ、それ以上の詮索はしないようにする。




