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修練場から出て受付に戻ると、何やら慌ただしくなったギルド職員たちが掲示板の前で声を張っている。
「魔獣の素材回収にご協力ください! 特に解体屋、運送屋の方大歓迎です!」
そんな声に釣られた何人かが掲示板の前に来て、別の職員から話を聞いている。それを横目に、壁際に設けられた椅子に腰掛ける。何もせずただぼーっとしていると、本当にただの壮年が黄昏ているように見えて仕方がないのだが、実際ダイが来るまでは何もする事がないのである。
なのでちょこちょこ視線をいただくのは仕方がないと思いつつも、どう考えても見過ぎな視線が一つ。先程声を掛けてきたベアトリーチェと、その周囲にいる彼女と共に冒険しているであろう面々である。
何故一つなのかと言えば、厳密には見ているのはベアトリーチェだけで、他の数人は射殺す程に殺気の高まった睨みをしているからである。
よって、これは視線一の殺意五だ。
彼女達の座っている丸テーブルからサンバンの座っている椅子まで障害物はない。とはいえ目を合わせたところで面倒事が発生する気しかしないので目は合わさない。
もしかしたら、何か見えているのかもしれないが、それを知る術はない。
「おう、サンバン待たせたな。明日の朝魔獣の森に行くぞ。案内はお前に任せる。出すはずだった討伐報酬はお前に渡すが、素材はこっちで回収させてもらう。それでいいか?」
「いいよ。あー、手で持ちたくないから、お金は預けたいんだけどできるかな?」
「それなら銀行に行け。わからねえって顔してんな、明日連れてってやるよ」
「いいのかい?ボクにそんな優遇しちゃって」
「新人教育も俺の仕事だ。それに、力のある新人を取り込んでおかねえと、いざって時に動けねえからな」
「それ、面と向かって言うのかい?」
苦笑いしながらサンバンは立ち上がる。
「正直、自分がそこまで力のある人間だとは思ってないよ。上流階級でもなければ組織を牛耳る立場でもない。なんなら、その辺を駆け回るケダモノと大差ないと思う。だから、君たちがうまく使ってくれると助かるよ」
サンバンは小さく息を吐くと、視線を投げ続ける彼女の元へ歩み寄る。
取り巻き達が一気に臨戦態勢に入るが、サンバンは特に気にせず声を掛けた。
「さっき言い忘れたんだけど、ボクは考える事があまり得意じゃない。君が何を望んでいて、どうしたいかは知らないけれど、力が必要なら呼んで欲しいな。ダイ、ボクはしばらくパーティを組んだりはしないし、お金が足りなくなるまでは自分から依頼を受けるつもりもない。でも、仕事はキッチリやるよ」
失敗もするけどね。
ダイは口の端を大きく吊り上げ、そうこなくっちゃな、とサンバンの肩に手を回す。ベアトリーチェは静かに頷くと、気が済んだのか彼女も席を立った。
「ダイさん、明日の素材回収に私も参加します」
「ん?構わねえが、魔獣狩りはしない想定だぞ。もう既に人数も多いから分け前も少ないと思うが…」
「参加するのは私だけです。報酬も必要ありません。ただ、見たいので」
「そうか、それなら別にいいぞ。勝手に付いてきな」
「ベアトリーチェ様、何をそんなに気にしておられるのですか? もうすぐ準2級の指定依頼が発行される時期、そんなことに時間を使うのは無駄かと思われますが」
ベアトリーチェの隣に座っていた紳士風の男が疑問を呈する。ベアトリーチェがそこまでしてサンバンを知りたがる事に、気が立っている様に見えた。言葉尻も強くなっている。
サンバンは自分が関与する内容では無いと切り上げ、ダイに肩を組まれたままその場を去った。
声が荒げられ、机を叩く音が聞こえた気がしたが、全てを無視した。




