表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/68

9.だるがらみ


   〇前回のあらすじです。

  『ふもとのまち合流ごうりゅうした和泉いずみと生徒が、馬車ばしゃって出発しゅっぱつする』




   〇


馬車ばしゃなんてはじめてだ)

 カーテンのいた客車きゃくしゃ後部(こうぶ)から、和泉いずみとおざかっていく(みやこ)をながめていた。

 【学院(がくいん)】はなか(とざ)された区域だった。

 おな山間(やまあい)きずかれたほかの町村(ちょうそん)から、直通(ちょくつう)の公的な交通手段(しゅだん)はない。【学院】から町にりるのも、町から学院に帰るのも、徒歩とほ飛行魔法(ひこうまほう)である。

 無精者(ぶしょうもの)になると、校内こうない購買部(こうばいぶ)だけでようをすませてしまうので、教員きょういん研究けんきゅう者のなかには、学院に来てから先、数えるていどしか敷地を出ないで職務(しょくむ)をまっとうするという猛者(もさ)もいた。

 もっとも。こうした学術がくじゅつ施設の周辺しゅうへんは【特例地域】でもある。

 その範囲(はんい)を越えて飛行した場合ばあい、よその法律ほうりつにひっかかり、『罰金ばっきん』もしくは『懲役刑(ちょうえきけい)』を課されることもある。


「今年はあついですねえ」

「ええ。去年きょねんまではすずしかったのにねえ」

 レースのハンカチで、ふくよかな輪郭(りんかく)をふきふき。中年ちゅうねん女性じょせいがふたり、おしゃべりしている。

 乗客じょうきゃくは、おおいのかすくないのか。

 和泉(いずみ)相棒あいぼう女子じょし生徒をふくめて、五人。

 車内しゃない薄暗うすぐらく、空隙(くうげき)目立めだった。

「【学院】の校長こうちょうが変わったから――」

 低い声を出したのは、御者席(ぎょしゃせき)に近いおとこだった。

 目元めもとには(くま)ちていて、全体的にせている。

 黒いかみ不揃ふぞろいに刈られていて、手負(てお)いの野犬やけんのようにぼさぼさだった。

妖精(ようせい)たちが、ザワついてんじゃないのかな?」

 けだるそうに、男はくたびれたスラックスのあしを組み変えた。

 ほんんでいる黒髪(くろかみ)少女しょうじょに、彼はうすいブラウンの(まなこ)をチラとあげて一度(いちど)笑った。

 が。彼女かのじょ――ウォーリックは無反応むはんのう


 おとこの小さな(ひとみ)が、和泉いずみ焦点(しょうてん)を変える。視線がぶつかって、ギクリと和泉(いずみ)をすくめた。

「あんたら旅行りょこう?」

 木の壁にもたれて、四十(よんじゅう)ほどのその男は若い魔術師(まじゅつし)(みず)けた。

「はい。まあ……」

 ぎこちなく和泉は愛想あいそ笑いをする。

 いちおう。と、くちのなかでモゴモゴつけ足す。

 おおきなはなを、男がみじからす。

「黒い法衣(ほうえ)っていうと、【学院】の先生かな。それとも、研究けんきゅう員だっけ?」

「えーと。研究職(けんきゅうしょく)ではあったかと」

 これもくちのなかでモゴモゴごまかしてるあいだに、男が質問を重ねた。

「そっち。生徒さん?」

「はあ……」

「いいよなあ。若くで出世(しゅっせ)。生徒と物見遊山(ものみゆさん)。どーせそこで労費した分も、学校がはらってくれるんでしょ?」

「えーと、」


 和泉いずみの知っている限りで、今回の件について【学院】は関わりがない。

 とおくの領地りょうちこっている異変について、貴族間での互助(ごじょ)・監視組織である【貴族同盟(どうめい)】を経由(けいゆ)して、仕事をする。

(だから確か、経費は全部そっちから出るんだったよな)

 説明せつめいしようと、和泉(いずみ)をのり出した。

「どうやって取り入ったの」

 ――がくっ。

 唐突の問いに、(なが)椅子いすからつんのめる。

「知ってるよ。【指環(ゆびわ)】でしょ。それ」

 ヒゲののこった下顎したあごおとこはしゃくった。

「なんか【学院】のお偉いさんとかに気にってもらえるとくれるんだってね。違ったっけ?」

「偉い人。というか……」

 厳密(げんみつ)には教員きょういんであれ生徒であれ関係なく、指環ゆびわを持っている魔術師(まじゅつし)下賜権(かしけん)はあるのだが――。


 ぴくぴく。

 血管が。和泉(いずみ)のこめかみでふるえていた。

(な……なんか。このおっさん……っ!)

「人手不足って風のたよりで聞いてたけど、ほんとみたいだな。大体【(おもて)出身しゅっしん無能むのう無条件むじょうけんで【学院】に世話してもらえるって時点であやしいっておもってたけど……」

 苦笑いに留めた和泉の両目りょうめが、黄色いサングラスのおく()わっている。

 嘲笑(ちょうしょう)を越えて、毒が。おとこ紅茶(こうちゃ)色の双眸(そうぼう)にはあった。

「そういやあ学院長(がくいんちょう)先生っておんなひとに変わったって聞いたけど。きみ指環ゆびわ持ってるのって、そういうのとカンケーあったりする?」

 和泉ははらの底から噴火(ふんか)した。

 ――とはいえ。かなしいかな。

 ず知らずの人とケンカをする勇気(ゆうき)を、彼は持たない。

 適当に。

「いやあ。現学長(げんがくちょう)は、そういうお方ではないので」

 とちゃにごし、そんな貧相な自分をのろいつつ、あらしぎ去るのをつしか……。


下衆(げす)

 ふたりは固まった。

 先に我に返ったのは、和泉(いずみ)だった。

(まっ。まさか……)

 自分のくちを咄嗟とっささえる。

(オレの義憤(ぎふん)に燃える心が、知らないあいだに本音(ほんね)を声にしちまったのか!?)

 にしてはハスキーで可愛らしい声だったので、和泉は考えをあらためた。

 ぎょろり。

 硬直(こうちょく)していたおとこ血走ちばしった(まなこ)をめぐらせる。

 魔術書(まじゅつしょ)のページをめくる少女しょうじょ――メイ・ウォーリックが、彼の視線の先にいた。

 ウォーリックはおとこわせた。ふ。と(わら)う。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ