ほげほげ病(びょう) ~The Final~
※注意です。
〇このものがたりは、【かえり道 編】『2-3.ほげほげ病 ~遭遇編~』のつづきです。
〇ショートストーリーです。(四部構成です)
〇『前回のあらすじ』がありません。
〇本編のキャラクターや、ストーリーなどのふんいきを壊す可能性があります。
〇以上の点に抵抗のあるかたは、【もどる】をおすすめします。
・・・
〇登場キャラクターです。
・メイ・ウォーリック:貴族のおじょうさま。シャツとプリーツスカートの服装。長い黒髪に黒目の17歳の魔女。リリンの主人。ある事件で顔にケガを負い、ほっぺにガーゼを貼っている。
・和泉:本編の主人公。白髪に黄色いサングラスの青年。18歳。黒い法衣にシャツとスラックスが旅行中の衣装。魔術学院で教授をやっている魔術師。
・リリン:メイの使い魔。
〇
――戦いの日から一日が経った。
もげもげ村に朝がやってくる。
東からそそぐ日の光が、窓のカーテンを透かして和泉に届いていた。
彼はまだ夢のなかだった。
そばに、ぬンとひとつの影が立っている。
「起きんかああああ!」
「うおおおおお!?」
まくらを抱いて和泉は飛びあがった。サングラスを探す手間も惜しく、大声の主をじっと睨む。
「なんだよウォーリック。そんなに老けこんで」
「誰がじゃッ。わしじゃッ。昨日おぬしたちが狼藉をはたらいた、ハニ・ホゲールじゃ!!」
「あ……。ええ?」
和泉は枕元のサングラスを手繰り寄せ、顔にかけた。別段レンズに『度』が入っているわけではないが、魔法の義眼は調光が未熟で、遮光をしないとまともに対象を見ることができない。
黄色いレンズの向こうから、和泉は相手を凝視する。
白髪を角みたいな二本の三つ編みにした、ローブすがたの老婆。――ハニ・ホゲールだ。
「はあ。これはこれはホゲールさん。ご丁寧に。その節はどうも」
「起きろっ。そして外を見ろ!」
古風な木の杖で寝ぼける和泉の頭を叩いて、ホゲールは覚醒を手伝った。
寝起きでぼけーッとする頭を和泉は振る。
窓のカーテンを開け、言われたままに外を見た。
目が醒める。
「これは……」
硝子窓を押し開けると、朝の風と村のようすが、鮮烈に流れ込んできた。
「もげーッ。もげもげもげもげ!」
「もおーげっ。もげもげっ。もっげ!」
「もげっ。もげっ。もおおおおおおげ!!」
中央の広場で奇声をあげる村人たち。
老いも若きも。男も女も。猫も杓子もガニ股になって、両腕を菱形のかたちに上下する運動を繰りかえしている。
――ありていに言えば……。
(コ○ネチ?)
【表】(魔法のない世界)で見たことのある、さる芸人のネタを和泉は思い出していた。
寝室のドアが蹴り開けられる。
「和泉教授。朝から少しうるさいのですが」
白いブラウスにプリーツスカートと、すっかり旅支度を済ませた少女――メイが入ってきた。
和泉はハーフパンツにTシャツという寝巻すがただったが。
とりあえず。聞いておく。
「それはオレがか? それとも。外にいる連中がか?」
「両方ですわ」
「ほおほお。これはまたわしの若いころにソックリなお嬢ちゃんで――ブふおウ!」
ためつすがめつするホゲールの横っ面を頑丈なトランクの角でメイは殴打した。
「おまえ……。お年寄りには優しくしろよ」
「教授も人のこと言えないと思うけどな」
ひょっこり。メイのうしろから出てきて、使い魔のリリン。昨日、擂り粉木でホゲールを叩きのめしたことを言っているのだ。
「で。ウォーリック」
生徒の具合を和泉は確認する。
「病気は治ったのか? もう『ほげほげ』とか言わないのか? どじょう掬いをしたい衝動にかられるってことも無いのか?」
「ええ。おかげさまで」
からかうようにい~い笑顔で問う和泉に、メイは青筋をひくつかせつつ答えた。
「ですが、ほかの奇病が流行ってしまったようですわね。今度こそうつる前に、この村を離れないと」
「みなっさん!!」
体当たりでメイとリリンを押しのけて、村長のハナ・モゲールが入ってきた。肥えた顔面に、滂沱と歓喜の涙を流しながら。
「みなさんのおかげで、ようやく我が村に平和が訪れました。ほげほげ病という病魔は去り、我々は日常の健康を取りもどしたのですッ。もげっへへへ!!」
「まさか。だって外であんな奇行が流行っているのに」
(村長の笑いかたもそーとーだけどな)
広場の光景を指差してメイが訴える。床からよろよろと起きあがりながら。
「心配には及びません。皆がやっているのは、この村伝統の歓喜の舞なのです。もげもげ言っているのも、本来の我々のすがた。少し感極まり過ぎて、みな限度を忘れてしまっているようですけどなッ。もおげっへっへっへ!!」
――はっ。
とモゲール村長は気がついた。客室のまんなかに、ハニ・ホゲールのいることを。
「きっ、貴様はっ。村はずれの魔女、ハニ・ホゲール!!」
「ぬう! ここであったが百年目! もげもげ村の長よ!!」
「ついに……。六百年の永きに渡る戦いに、終止符を打つ時が来たのだな。この村の住人たちは、もはや心の底からもげを愛好しているッ。貴様に勝ち目は無いのだ!!」
「ほざけ! 『ほげ』の素晴らしさもわからん原始人が!」
「なんだと!? このばばあ!!」
「やるかあ!? このっ青二才!」
もおおおげえええ!!
ほおおおげえええ!!
ぽかすか殴り合う、老婆と村長。
和泉とメイは、白い目でしばらくふたりを眺めていたが。
「和泉教授」
「うん?」
「帰りましょうか」
「そうだな」
早々に意見を合わせて、ふたりはそそくさと村を出ていった……。
〈おわり〉
読んでいただき、ありがとうございました。




