ほげほげ病(びょう) ~遭遇編~
※注意です。
〇このものがたりは、【帰りみち 編】『ほげほげ病 ~伝染編~』のつづきです。
〇ショート・ストーリーです。(四部構成です)
〇前回のあらすじがありません。
〇本編のキャラクターや、ストーリーのふんいきを壊す可能性があります。
〇以上の点に抵抗のあるかたは、【もどる】をおすすめします。
・・・
〇登場キャラクターです。
・メイ・ウォーリック:貴族のおじょうさま。シャツとプリーツスカートの服装。ながい黒髪に黒目の、17歳の魔女。リリンのあるじ。ある事件で顔にケガをして、ほっぺにガーゼを貼っている。
・和泉:本編の主人公。白髪に、黄色いサングラスの青年。18歳。黒い法衣にシャツとスラックスが旅行中の衣装。魔術学院で教授をやっている魔術師。
・リリン:メイの使い魔。
〇
村に病を広めた魔女は、西にある森に住んでいるということだった。
「う~。眠いー」
へびのすがたから十二歳ほどの少女に化けた使い魔が、瞼をこすりこすり歩く。メイ・ウォーリックの従者である。
が。あまり彼女とは主従という関係には見えない。生粋の【裏】(魔法の存在する世界)育ちの魔術師は、親やきょうだいからおさがりで使い魔を譲渡、または借用することもあり、そうした間接的な契約という事情が、上下関係のゆるさに出ているのかもしれなかった。
「まだ七時すぎたくらいだぞ?」
「旅で疲れてんだよ」
横で眠たがる黒髪の少女を、和泉は半ば引きずっていった。
赤いベレーに黄色いサロペットを着た小さな女の子を、腕を引っぱって歩かせるという構図は、ひかえめに見ても人さらい。
【学院】から支給される黒い法衣をまとっているのが、また一層、和泉をあやうい男に仕立てあげていた。
「しっかりしてくれよ。リリンだって、ご主人さまが病気のままなんてイヤだろ?」
「えー。メイが踊り狂うとこ、見てみたーい♡」
「同感だ。でもそうなる前に、自殺しそうだな。あいつの場合」
「言えてる」
うーん。とリリンは伸びをした。
「まあ。それは私としても困るかな。――あっ。和泉教授」
「ん?」
和泉はリリンの指差すほうを眺めた。
魔法で出した光の球を、頭上からまえへと移動させる。
魔力を足して照度を増した白い輝きのなかに、小屋のシルエットが浮かんだ。
「あれか」
下草を分けいって、和泉は急ぐ。リリンも、ダラダラついてくる。
〇
小屋のなかは薄暗かった。
獣脂のロウソクに灯る火。溶けた脂から、獣のにおいが、部屋全体に漂っている。
魔術師のアトリエらしく、書架や大釜、雑多な実験器具が整っている。
「ほお~げ」
橙の光に朧に浮かぶ部屋の中心に、ひとりの老婆が立っていた。
「ほおお~げっ。ほげほげ。ほげえっへっへっ!!」
大釜から立ちのぼる紫の煙と、淡い光沢。
なかに煮え立つ液体が直に発する光に、老婆の顔が下からあぶられる。
「あの村のガキどもめっ。あろうことかこの私を相手に……。失せろっ。死にさらせ! あの村のすべては、この邪法によって、消え失せるのだあああ!」
巨大な鉤鼻。
頭のうえに、角のように立てた白い三つ編み。
古い時代に流行った黒いローブを、腰の曲がった身体にまとって、しわくちゃの顔を歓喜にゆがめている。
「くおらっ」
げしっ。
曲がった背中を何者かが蹴った。
「ぬお!?」
と老婆は、突然の闖入者を振りかえる。
若い男だった。としは十代の中盤から後半ほど。ローブではなく、黒い法衣をまとっている。
目には黄色いサングラスをかけ、短い髪は、年齢に合わず白色に染まっていた。が、それはファッションではなく、強い魔力光を浴びたためにそうなった――魔法による後遺症だと老婆には分かった。
男は腕組みをして立っている。
そばには、眠そうにした少女がひとりつきそっていた。
「あんたがほげほげ病の原因でまちがいなさそうだな。呪いだか魔法薬だかは分からんけど、早く解いてやってくれよ。オレんとこの生徒が困ってるんだ」
「き……貴様は!?」
問われて和泉は名乗った。
「【学院】で教授をやってる……和泉って者だよ。いちおう、魔術師最高学府の」
「くうっ。な、なぜ【学院】の人間がここに!? 誰が通報した!!」
「偶然だよ。それより。早くなんとかしてくれよ。少なくとも、旅行中のオレたちにはなんの関係も無いだろ」
「ぬううう!!」
老婆はよく分からない怒りに打ち震えた。
「ならん!」
鬼のような目つきで彼女は和泉を睨む。
「あの村の連中が改心するまで、わしは祟りつづけると決めたのじゃ!!」
「そりゃあ石ぶっつけられた挙句生き埋めにされたのは大変だったと思うけどさあ」
「ってかおばあさん。どーやって出てこれたの?」
「根性じゃ!!」
「元気だね」
即答されて、リリンはうなだれた。
勢いづいたまま、老婆は吠えたてる。
「ふんっ。近所の悪ガキのいたずらなど、それしきのことで怒るわしじゃないわッ。なにが許せなかったと言って……、」
震える老婆に和泉は耳をそばだてる。一瞬後。その行動を思いきり後悔することになるが。
「このわし、ハニ・ホゲール様のまえで、連中が『もげもげ」言うのが許せんのじゃッ。だからわしは、ありったけの毒草を煎じて、こうして瘴気を送りこみ、やつらを身体の芯から『ほげほげ』言うようにしてやったのさあ! ほおげーえほげっほげっほおおおおげへへ!」
「いちばん近くにいるおばあさんが罹患してないのが不思議だよね。それとももう手遅れなのかな?」
「ばかもんッ。この小娘っ。わしのは天然じゃ! うまれつきの笑いグセじゃあ! そもそもこの『もげもげ』と『ほげほげ』の勢力は、六百年もまえからどちらに統一するか、領地内で血で血を洗う争いをくりかえし……」
「この大釜ひっくりかえしたら万事解決なのかな?」
「聞け小娘ッ。まったくこれだから最近の若いもんは……」
ぶちぶち言う老婆に和泉は訊いた。
「せめて抗体だけでも提供してくれればな。おばあさんにはそういうのがあるから、自然体のままでいられるんだろ?」
「ありゃせんよ。抗体なんざ」
「じゃあどうして」
「根性じゃ。こんじょおでなんとかしとるのじゃ! ほげーっへっへっへ!」
ぼくっッ。
高笑いする老婆を、和泉は近くにあった擂り粉木で殴った。
部屋が静かになる。
よっこいしょ。とリリンが大釜を横から押してひっくり返す。
紫の薬液は床一面に広がって、途端に色を失った。
「こんじょーでなんとかなるって……。ウォーリックもかなり気合入れて、あの語尾をこらえようとしてたんだけどなあ」
「鍛えかたがちがうんじゃない?」
「……かもな」
ほ……。ほげぇ。
頭に大きなタンコブを作って、ピクピクうめく老婆にふたりは背中を向けた。
――悪は滅びた。
今頃きっと、村は元にもどっている。はずだ。
(つづく)




