ほげほげ病(びょう) ~伝染編~
※注意です。
〇このものがたりは、【帰りみち 編】『2.ほげほげ病』のつづきです。
〇ショートストーリーです。(四部構成です)
〇『前回のあらすじ』がありません。
〇【本編】のキャラクターや、ストーリーなどのふんいきを壊す可能性があります。
〇以上の点に抵抗のあるかたは、【もどる】をおすすめします。
・・・
〇登場キャラクターです。
・メイ・ウォーリック:貴族のおじょうさま。シャツとプリーツスカートの服装。ながい黒髪に黒目の17歳の魔女。リリンの主人。ある事件で顔におケガをして、ほっぺにガーゼを貼っている。
・和泉:本編の主人公。白髪に黄色いサングラスの、18才の青年。黒い法衣にシャツとスラックスが、旅行中の衣装。魔術学院で教授をやっている魔術師。
・リリン:メイの使い魔。
〇
「ほげほげ病?」
地面に正座した(させた)男を見下ろして、メイは訊いた。
「はい……」
頭にコブをつくり、顔面をぼッこぼこにされた中年の男が、哀れを誘う動きでうなずく。
五十代ほどの太った男だった。町人や村人が好んで着る、チョッキと麻ズボンの服装に、野暮ったい帽子を載せている。
彼は血の流れるくちを動かした。
「実は。先月からわたくしどもの村で流行し出した病でして。かかったものは皆、『ほげ』とか『ほげほげ』という語尾がついてしまう、おそろしい病気なんですほげえー」
「ばかばかしい」
はッとメイは嘆息した。
和泉も。気の毒だが彼女に同意だった。白マントの、女子生徒のほうを見る。
「大したことじゃなさそうだけど。うつると嫌だし、よそ行くか」
「そうですわね」ほげー。
「……」
「……」
和泉は固まった。
メイも硬直した。
ふたりは、確かに聞いた。
自分のくちを、メイが押さえる。
「なあ。ひょっとしてウォーリック。今――」
「言わないでください」
――ほげ。
気合で呑みこもうとしたものの、無駄だった。
生徒から和泉は視線をそらす。
ほげ。と彼女のくちから聞こえた事実を、無かったことにするように。
「って。むりだッ。だあはははははは!! おまえ普段あんだけカッコつけてておまえ! ソッコーでほげほげ言ってると――ガあッ!?」
「だまりなさい!」
ほげー。
和泉の側頭部をメイはトランクで殴打した。倒れた教授の白い頭を、更にふんじばる。
「こんなしょおーもない病。わたくしの魔術で一発ですわ――」
語尾を止めようと頑張ったものの。
「ほ、」
げー。
やはり無理だった。
ケガの治った男が、どっこいしょと立ちあがる。井戸広場で、さっきからなにやら剽軽な動きをしている老人や、若い人たちを手で示して。
「ちなみに三日ほどほっとくと、あのように人目もはばからず一日中どじょう掬いを踊りまくるという症状が出てきます」
「今すぐなんとかするのです!!」
ほげえええ!!
半泣きになってメイは和泉の胸倉をつかんだ。
(ちょっと見てみたいぞ)
と思いながらも和泉はメイをたしなめる。
「まあおちつけよ。ええと――」
女子生徒をわきにやって、説明をしてくれた男のほうに向き直る。
「あ。申し遅れましたほげー。わたくし、ここ『もげもげ村』の村長をやっとります。ハナ・モゲールといいます」
「そうですか」
いろいろ思うところはあったものの、流して、和泉も名乗った。苗字だけ。
「で。モゲール村長。先月から流行りだしたってことですけど。原因に心あたりとかは……」
ひげの無い顎に指を当ててモゲールはうなった。そこそこ深刻に。
「うーむ。やはり……。あの一件以来でしょうか」
「なにかあったんですか?」
神妙な目つきでうなずく村長に、和泉もまた深刻な表情になる。
太い人差し指を立ててモゲールは。
「実は。病のはやり出す前日に、我が村の子供たちが村はずれに住むおばあさんに意味もなく石をぶっつけて、やあいやあいクソばばあ。悔しかったらなんかやり返してみさらせもげっへっへっ。と馬鹿にしたのです。あまつさえ、包丁を持って追い駆けてきた彼女を落とし穴に嵌めた挙句、生き埋めにしてしまったので……。もしかしたら。それが原因かなあと」
「逆にそれ以外の理由がありそうにも無いんすけど……」
ひきつった顔になって和泉は言いかえした。
「ともあれ。その人と話してみればなんとかなりそうだ。ウォーリック。オレはさっそく、そのおばあさんのところに行ってみるよ」
「お願いします。さっきから何度も治癒魔術を試しているのですが」
ほげー。
まぬけな語尾はメイから消えなかった。
「まあ。もし病気がなおらなくても、どじょう掬いの刑になるだけだから気にすんなよ。くくく」
わりと本気になって和泉は彼女になぐさめの言葉をかける。
「ふざけたこと言ってないで。使い魔を貸してあげますからさっさとなんとかして来てください――ほげげっ!!」
――症状は順調に悪化している。
首に引っかけていた毒ヘビをひっつかみ、メイは和泉に思い切り投げつけた。
(つづく)




