2.ほげほげ病(びょう)
※注意です。
〇このものがたりは『鉄と真鍮でできた指環《2》 ~ネクロマンサーの秘薬~』の番外編です。
〇ショート・ストーリーです。(四部構成です)
〇本編のキャラクターや、ストーリー、ふんいきなどのイメージを壊す可能性があります。
〇以上の点に抵抗のあるかたは、【もどる】をおすすめします。
・・・
〇登場キャラクターです。
・メイ・ウォーリック:貴族のおじょうさま。服装はシャツにプリーツスカートと地味目。ながい黒髪に黒目の17歳の少女。リリンのあるじ。ある事件でお顔におケガをしたため、ほっぺにガーゼを貼っている。
・和泉:本編の主人公。白髪に、黄色いサングラスの18才の青年。黒い法衣にシャツとスラックスが、旅行中の衣装。魔術学院で教授をやっている魔術師。
・リリン:メイの使い魔。
「い、な、か」
乗合馬車の時刻表を見つめて、メイ・ウォーリックは言った。
黒髪黒目の十七歳の女魔術師である。
軽くフリルをつけたノースリーブに、ミニスカート。肩には学生用の白マントを羽織り、まえを自前のブローチで留めている。
ここ。【パンゲア大陸】を実質統治する【貴族同盟】に名をつらねる【貴族】だが、おさめている領地はあまり広くない。いわゆる貧乏貴族である。
今は、とある事件を解決した帰りで、彼女はお供の教授と暗い道にいた。
馬車の乗りかえのため、下車したのだ。
大陸縦断用の、大きな車だったが、彼女たちの住んでいるこの世界――【裏】は、交通網がいまひとつ。
ふたりの目的地である【トリス】の町――本当はそれよりさらに北にある、城のような学校・【学院】だが――までには、何度か乗り継ぎをしなければならなかった。
みみずくが鳴く。
まっくらな街道の周囲には、ただただ森が広がっていた。
「和泉教授」
となりにメイは声をかけた。
夜風が長い黒髪を揺らす。
粗末な木材でつくった庇に、ベンチを置いただけの待合所。
風化して、今にも崩れそうなさびれたスペースに、白髪の青年がしゃがみこんでいる。
義眼の両目に、黄色い遮光レンズをかけた彼は、姓名を和泉という。
科学技術が発展した【表】の世界から転送されてきた者のひとりで、出身の国は日本である。
まだ十八歳と若い身空だが、【学院】で認定された大学教授。十代でのその地位は、めずらしくはあったものの、取り立てて言うほど大変なことではなかった。
旅行かばんの上に座っている彼に、メイは言う。
「どうしますか。つぎの便まで、あと三時間はありますが」
「待てるかあっ!」
彼は答えた。その気持ちはメイにも分かる。
「ですわよね」
懐中時計をメイはスカートのポケットから出した。時刻表を照らしていた、自前の魔法の光球にあてて、文字盤を読む。
「いま午後七時ですし。休めるところを探しましょう」
「うう~。はやく学院に帰りたいぜ」
「じゃあ待ちますか?」
「いやだ」
ヒザをかかえてホームシックにかかる青年に、メイは顎をやった。マップをかばんから出してもらう。
魔法の光を使って、現在地と最寄りの町を確認した。
「この森を入ってすぐのところに村がありますわね。そこで一泊させてもらいましょう」
「夜道にはいい思い出がないなあ……」
「泣きごと言ってないで」
和泉に任せていた鞄を取って、メイは歩きだした。腰を上げて、和泉もついていく。
〇
ほおー。
ほおー。
げっ。
げっ。
鳥や獣の声がする。
魔法の光を前方に飛ばして、メイは森をすすんだ。
首にストールのようにかけた黄色いへび――使い魔のリリンは、眠そうにしている。
ほーお。……げっ。ほーげ。ほげ。
「なあウォーリック」
「鳥の声にしては、発音がはっきりしてますわね」
ふたりは足を止めた。前方には小さく、火の明かりが見える。
音はそちらから聞こえる。
ほげ。ほげっ。ほげ。
奇妙には思いながらも、ふたりは進むことにした。森のなかで立ち往生していても、野犬や野禽に襲われるだけだ。
密生する山毛欅の木をくぐると、開墾された土地があった。
木や石の家々が建ち並び、そこかしこで【魔鉱石】(魔法のちからを持った宝石)や、吊りランプの明かりが照らしている。
もう少し大きくなれば、町と呼べるだろう――。そんな村だった。
あちらこちらにまだ人が出ている。
井戸広場で談笑している若い女たち。軒下で、ビール片手に歓談する男たち。
家の窓から昇る煙は、夕飯のにおいが色濃いが、「大人たちもいるから良いだろう」と子供たちがけんけんぱや、こま遊びをして、夕涼みを楽しんでいる。
「まったく。うちの子ったら食っちゃ寝ばかりでほげー」
「まあまあそう言わないでエレインさん。大人しいのがいいわよほげ」
「そうよお。うちのアーネストなんてこのまえ学校で小火を起おこして。――ほほげげげげ」
「やっぱ酒は外で飲むに限るなあおいほっげ」
「いいよなあジーンは肝臓つよくて。おれは明日までお白湯生活だよほげ~!」
「お母さんが呼んでるから帰るねほげー」
「うん。ようちゃんまたね。ほんげげげ」
和泉とメイは絶句した。
ふたりのあいだに下りた沈黙を、メイのほうが破る。
「……和泉教授」
「うん」
「わたくしの聞きまちがいかもしれませんが」
「いやオレにもちゃんと聞こえてたからだいじょーぶだよ」
ふたりは奇異なものを見る目で村人たちを眺めた。
彼らの発する言葉のすべてに、『ほげ』という語尾がついている。
「ほげほげ病っていうんですよ」
ほげえっへへへ。
うしろからふたりの肩をたたいて男が笑った。
ゴッ。
振り向きざまに、メイが持っていたトランクで男を殴り倒す。
「いきなりわたくしのうしろに立たないでください」
「殺し屋みたいなこと言ってんぞおまえ」
なおも殴りつづける生徒に和泉はつぶやいた。
――後で分かったことだが、ふたりに声をかけたのは、この村の村長だった。
(つづく)




