s3.ほめて。
※注意です。
〇サイド・ストーリーです。
〇内容は『ウォーリックが和泉に“ほめてほめて”と言われてキレるはなし』です。
〇文章量が、およそ4200字です。
〇長編のほうのキャラクターや、世界観、ストーリーのふんいきなどを壊す可能性があります。
〇未成年の飲酒を思わせるシーンがあります。
〇以上の点に抵抗のあるかたは、【もどる】をおすすめします。
※このものがたりは、20歳未満の飲酒・喫煙を、容認・推奨するものではありません。
【パンゲア大陸】の中央。
北部へとワープできる魔法の関所が点在する、緑の大平原。
和泉――白髪に義眼。目を守るために黄色いサングラスをつけた魔術師の青年は、街道沿いの町にいた。
魔術の最高学府【学院】にて、教授として籍を置く若者である。
前学院長からの頼みで、彼は南部の領地に遠征していた。
そこで起こっていた事件は完結し、主犯の男【ホゴル】をとらえ、今は【学院】へと帰る途上である。
遠征には、ひとりの女子生徒がついてきていた。というよりむしろ彼女の旅に、和泉がくっついているというかたちだった。
彼女の名前はメイ・ウォーリック。【学院】の高等部三年生だが、【貴族】の出身ということも手伝って、魔法のちからは和泉を――へたをするとほかの教官たちをも凌駕する、英才だった。
〇
ごんごん。
小さな町の宿。
農村と市場が合体し、見栄ていどにレンガで道を舗装した宿町の、夜である。
どうしても話したいことがあって、和泉は客室のドアをノックした。
公務用の黒法衣はつけていない。服装も、ワイシャツとスラックスといったくだけたもの。プライベートの用事である。
――用事。と言えるほどのなかみでもないのだが。
がちゃ。
中途半端にドアが開いた。
黒い長髪に、紫がかった黒目の少女が無表情で来客をながめる。
彼女の頬の片側にはガーゼが貼ってあった。件の領地で火傷をしたためである。
部屋の円卓には、彼女の使い魔――十二才くらいの、みじかい黒髪の少女リリンがいる。元はへびだが、今は人間のすがたをとっているのだ。
ほかにはトランプカードとリンゴ酒のビンがある。
アルコールの甘い香りがする。
和泉はうなった。両手をわななかせて。
「お~ま~え~はああああっッ。酒と煙草は二十歳からって」
「お説教なら聞く気はありませんわ」
ばたん。
さっさとウォーリックはドアを閉めてカギをかけた。
ドンドンと和泉は両手でドアを叩く。
廊下を行く――一階の食堂へ向かうべつの泊り客たちが、ぎょッとして不審な青年を二度見した。
居心地が悪くなり、和泉はいくらか大人しくなった。――ものの。
「ちがうんだあっ。今のは目についたからであって、本題は全然っべつのところにあるんだああああっ!」
「それでもなんだかろくなことじゃない気がします」
部屋から声だけが返ってくる。ウォーリックの勘は正しい。
なかなか開けてもらえなくて、和泉はいよいよおいおいと泣きはじめた。
「たのむ~。聞いてくれよお~!」
酔ってもないのにぼろぼろ涙する青年に、ほかの客たちが「なんだ? わかれ話か?」と寄ってくる。
なかでは使い魔――リリンの声がする。
「とりあえず入れてあげたら。ほかのひとたちにも迷惑だろうし」
……。……。……。ちっ。
盛大な舌打ちがして、扉が開いた。
「どうぞ」
あきれ顔とともに言われ、和泉はぴょんっと立ちなおる。部屋にはいる。
〇
「実はオレは……。納得のいかないことがあるんだ」
ぱったり。
ドアを閉めてまもなく、和泉は切り出した。
卓の椅子にウォーリックは座りなおす。
「お言葉ですが和泉教授。納得のいくことのほうがはるかに少ないものですわ。世のなかなんて」
「そういう正論を聞きに来たんじゃあないんだ」
「相当おつかれだね。この教授」
「どおりで頭が白いわけですわ」
使い魔とカード――なまいきにもポーカーゲームである――を再開しながら、ウォーリック。
和泉は、飲みものに手をのばす生徒からワイングラスをひったくった。
「くおらっ。十代からの飲酒はするなッ。オレの恩師みたいなろくでなしになったらどうするんだ!」
「『恩師』とは言っていますが、尊敬はしてませんわよね。それ……」
ひくりとウォーリックは苦笑いをしたが、和泉は受け合わない。
ずばり。本題を突きつける。
「ほめてほしいんだよウォーリック。いきなりで悪いんだけどさ」
「本当にいきなりですわね」
「文脈なかったよね」
「許してくれ。でも。それくらい切羽つまってるし。……切実なんだ」
「それくらい和泉教授は承認欲求に飢えているということはよくわかりました」
なにげなくウォーリックは和泉のほう――ワイングラスに手をのばす。
さっ。と自分の頭上に和泉はアルコールを逃がす。
あきらめて。ウォーリックは今度は酒瓶を取ろうとした。
もう片方の手で和泉がササああッとリンゴ酒をさらう。
空気をつかんだ拳を、ウォーリックはめいっぱいテーブルに叩きつけた。
「なんなのですかっ。さっきから!」
「うるへーッ。外国じゃあどうか知らんがな。オレは日本人のなかでも生真面目なんだ! 生徒が目のまえで酒のんでて黙ってんのは、こう……。無理なんだよッ。強迫観念的に!」
「多少のアルコールは薬ですわ!」
「のんべえはみんなそう言うんだ!」
「わたくしはのんだくれになった覚えはありません!」
ぎゃあぎゃあ!
わめきあう教授と生徒に、リリンは完全においてけぼりを食らっていた。
自分の分の酒をふくんでから、ふたりのあいだに割って入る。大声をあげるだけ、主人もそれなりにアルコールが回っていると言えるのだが。
「ねえ和泉教授。ほめて欲しいってどーゆーことなの?」
「それなんだよリリン」
お酒のビンはつかんだまま、持っていたグラスをリリンのほうにやって和泉は軌道を修正した。
「こう見えてオレはさ……。とっても苦労してきてるんだよ」
喉を潤すのはあきらめて、ウォーリックもダイニングチェアに腰をおろす。不服そうに頬杖をつく。
「この【ソロモンの指環】だって。まあ……。ちょっとは人の情けに訴えたりもしたけどさ。ダテや酔狂で手に入れたんじゃない。相応の大変さがあったんだ」
「それこそ髪が白くなるくらいに」
「そのフレーズ気にいったの? メイ……」
使い魔と生徒の茶々とつっこみは無視して、和泉は語りをつづけた。
「で。こう……。がんばってる量に対して、報酬が少ないなって。つーか『無』だなって」
「世のなかってそういうものですわ」
「なあウォーリックよ」
「なんでしょうか」
「実はオレ。正論が大っキライなんだ」
「奇遇ですわね。わたくしもです」
「ぎすぎすするか意気投合するかどっちかにしてよ。ふたりとも」
ともあれ会話は再会した。
和泉がまくしたてる。堰を切ったように。
「とーおにかく。オレはけっこーな苦労人だから、いっぱいほめられたいのッ。もうこの先なにをやっても『ほめられるしかないぜ!!』ってくらい、称賛されるばっかの人生を歩んでいきたいんだよ!!」
「そんな血の涙をながさなくても」
若干――。というかかなり引いたようすでウォーリック。
こころなしか、物理的にも彼女は和泉から遠ざかっていた。座ったまま。
和泉は床にヒザをついて懇願する。土下座は意地でもしない。
「たのむウォーリックっ。この通りだオレをほめてくれッ。かけ値なしにほめ讃えてくれ!」
「一見へりくだっているように見えてめちゃくちゃ図々しいこと言ってますわよね。あなた」
いよいよヒキまくってウォーリックはうめいた。リリンのほうは、もう関わるのをやめたらしくなにも言わない。
ぱちぱちとウォーリックはテキトウに手をたたいた。ほめた。
「はいはい。えらいえらい。これでいいですか?」
「もっとこころ込めて言えよおおおおお!」
(うっ。うっとおしい……)
がさがさがさがさッ。
虫みたいに這ってきて服にとりすがる和泉にウォーリックは総毛立つ。
とりあえずブーツで蹴っとばして突き放してから、再挑戦。
声を整え、慣れない愛想笑いをつくって――それほど和泉の泣き顔は鬼気せまるものだった――気持ちやさしく。
「和泉教授はよくやっていると思いますわ。なんというか……。こう……。……。よくやっていると思います」
「もうちょっと具体的なところ持ちあげてくれよ」
「殺しますわ」
「落ちつきなって」
間髪いれずに魔力のマスケット生成した主人をリリンが止める。いつのまに移動したのか。うしろからシャツをつかんで。
和泉はフローリングに正座した状態で、生徒にだめ出しをつづける。
「そーだなあ。オレの希望としては、もっと聡明なとこを立ててほしいんだけどな」
「和泉教授が『かしこい』と称揚されるなら、わたくしそのへんの猿にだって『かしこい!』と言わなければなりませんわ」
「あん?」
「今のは教授が悪いよ……」
いちおうフォローを入れてリリン。
殺し屋みたいに眼を飛ばす和泉に、むすッとしている主のうしろから注意する。
「そっか……」
はぁ……。と和泉は急に気がぬけて。
「そうなんだよな。オレにはなにもない。いいところなんてひとっつもない。生きる価値だって、カケラもない。しょおもない男だってことを言いたいんだな」
「そこまでは言っていませんが。まだ」
「いいんだ」
「あと。和泉教授――、」
「止めないでくれウォーリック。オレは今から自分の部屋にもどってしばらく落ちこんでるけど。それは決して。きみのせいじゃない。だからオレのことは、全然。まったく。なんにも。ちっとも。気にしないでくれ」
「そういうことは、せめて出ていく素振りを見せてから言ってください。あなたさっきからそこで正座をくずして寝そべって、いっさい起きあがろうともせずにチラっチラっこっちの反応をうかがってるじゃないですか」
「なあウォーリックよ」
「なんでしょうか」
「実はオレは。正論がキライなんだ」
「……。……」
苦々(にがにが)しくウォーリックはくちの端をひきつらせた。片手を、床でゴお~ロゴロしだした教授に向ける。
灼熱の光が膨れあがった。
火の魔人のちからを借りた高熱の波動が、一直線に和泉を撃つ。
どごおおおおおッ!
轟音をあげて光は爆砕した。
宿の二階を突きやぶり、爆炎とともに和泉は星空へと飛んでいく。
穴のあいた客室から、遠ざかっていく煙と教授を見上げて。ウォーリックは手をはたいた。
「とんだ災難でしたわ」
「そんな感じだね」
「ではリリン。飲みなおしましょうか」
「でもさあ。お酒って教授が持ってたんじゃあ?」
きらん。
夜空にキレイな光がまたたいた。
なんとなく。その輝きに、リンゴ酒の瓶のひらめきを見つけて――。
「やはり。和泉教授をほめるなど」
きっぱりと。ウォーリックは結論した。
「無理ですわよね。永遠に」
〈おわり〉
読んでいただき、ありがとうございました。




