57.背もたれ
〇最終回です。
〇前回のあらすじです。
『和泉が村人たちをほったらかしにする』
〇
街道を、四頭だての馬車が歩いていく。
相乗り用の大型車だが、幌のなかにほかに客はいない。和泉とウォーリックだけが乗客だった。
ふたりはホゴル領を出て、最寄りの停留所まで歩いた。そこですぐに大陸縦断の便をつかまえることができたのだが。
あの陸の孤島から出るのには飛行の魔術を使った。いきりたった村人たちが、農具を振りまわして襲いかかってきたために急いで逃げたのだ。
和泉もウォーリックも、くたびれていた。
回復魔法で、昨日の戦いの傷はマシになっている。それに宮殿から宿にもどって数時間は眠ったのだから、疲れはいくらか抜けているはずなのだが。
「なんて言うか……。変な宗教団体にからまれた気分だったな」
旅行鞄をクッションがわりに、和泉を背もたれにして、ウォーリックは長椅子に半ば仰臥していた。
彼女は返事をしない。
「なんだ。寝てるのか……」
「起きていますわ」
きっぱり否定されて、和泉はビクリと身をひいた。
横になったまま、ウォーリックは首にかけたリリンを触る。
がたごと。
木の車輪の、地面をころがる音がする。
【学院】まではまだまだ距離があった。
広い高原から北へ。
いくつかの魔法の関所をぬけた先。大陸北部の山岳地帯にある城が、彼らの学び舎であり、楽園である。
「なあ。ウォーリック。その……」
静けさが落ちつかず、和泉は切り出した。
「悪かったな」
しかしウォーリックは無言。せめて相槌くらいは打ってほしかったが。
「なんかオレ。足引っぱってばっかで……。おまえ――きみの言ったとおり、きみひとりのほうが、無事に仕事を完遂できたんだろうなって。今なら思うよ」
ぽんっ。
と自分のそばに置いた鳥かごを和泉はたたいた。
なかには、ホゴルの肉体と精神をまとめて凝固した結晶がある。
彼が今なにを思っているのか。そもそも外界の刺激を認識できるのか。それ以前に、『意識』が運動できる状態にあるのか。
そんなどうでもいいことを、和泉はちょっと考える。
ぽつり。
ウォーリックはつぶやいた。
和泉の謝罪に答えたのではなく。それは考えごとをしていて、こぼれた独り言のようだった。
――逃げてもよかったのね。
と和泉には聞こえた。
「箔が、なぜわたくしをあなたと行かせたのか。やっとわかった気がします」
これは和泉への返答であるらしかった。
箔。
【学院】の古参の魔術師である。彼に声をかけられて、和泉はウォーリックとともに今回の件を調査した。
後ろ頭を向けたまま、彼女は「ありがとうございました」と礼を述べる。
和泉は釈然としない。
いつになく心あるウォーリックのセリフに、素直によろこべない。
いかんせん。彼女の声は平坦で。
「いいんだぞ。ウォーリック……。無理に気を遣わなくて。はっきり、思ってること言ってくれて」
「ええ」
でも加減はしてくれ。と和泉は思ってはいたけれど、もう相手に要求はしなかった。
顔にケガを負わせてしまったのだ。
キツイ言葉がきても、あまんじて受けよう。と肚をくくる。
相変わらず後ろ頭を向けたまま、ウォーリックは和泉の言葉に応じた。
ビクビク身構える彼に、一言だけ告げる。
「そのつもりで言ったんです」
〈おわり〉
〇以上で『鉄と真鍮でできた指環《2》 ~ネクロマンサーの秘薬~』は、終わりです。およそ8カ月の連載となりました。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。




