56.尊重(そんちょう)
〇前回のあらすじです。
『和泉たちが仕事を終える』
朝食は出なかった。
宿屋【スターダスト】の店員は、和泉たちが来た時とは打って代わってフキゲンである。
「この店……。裁判でも起こしてさしあげようかしら」
「そこは耐えようぜウォーリック。これ以上の騒ぎはごめんだよ」
一階の食堂で、泣き寝入りを決定する。
朝めし抜きで和泉たちは出発することにした。
――どうにも。
昨晩。宮殿を和泉たちが出た後。
警備の兵士たちが領主の不在に気づいて、近隣の町村に、彼が捕縛されたとふれまわったらしい。
「イヤがらせに寝首をかかれたり、荷物を燃やされなかっただけよしとしよう」
「はあー……」
長い溜め息をウォーリックはついた。彼女の顔には大きなガーゼが貼ってある。やけどの跡だ。自前の軟膏を塗って、応急処置としたらしい。
追加料金は無かったため、カギだけを返して宿を出る。
和泉は鞄と鳥かごを。ウォーリックは自分のトランクを持ち、首に使い魔のへび・リリンを引っかけて、忘れもの無しとした。
空は晴れている。
ほんものの朝。
九時台の晴天のそこかしこに、入道雲がのびている。ジリジリとした、夏特有の日差しがまぶしい。
村を歩く。来た時の道をたどって。
「帰り、どうしようかな。吊り橋壊されたんだよな」
「飛んで行くか。あるいはべつのルートを探すか。わたくしは飛んだほうがラクでいい――」
ふと。
和泉とウォーリックは止まった。村の出口に人が集っている。
村人たちだ。
鍬や鋤、鶴嘴やサスマタを持って、こちらを牽制している。
先頭に立つ男――くちひげを生やした、少しだけ恰幅のいい高齢の男が言った。
「おまえたち。ホゴル様をどこへつれていく気だ」
「然るべき機関ですわ」
答えてウォーリックは進もうとした。
ざりっ。
靴音をたてて、村人たちが威嚇する。
少し老いた女が、群れのなかから訊いた。
「わたしたちは、どうなるんだい。領主様のいないあいだ」
「【貴族同盟】のほうで、一時的にホゴルの土地は預かりますわ。その後正式に引き継ぎが決定され、ここの経営権はその者に継承される――」
「勝手な真似を!」
人の群れのなかから、またべつの声が飛んだ。
それはどこから叫ばれたのか。誰が投じた嘆きなのか。特定することはできなかった。
喚きは次第に大きく、数を増やしていく。
「余所者なんか信用できるか!」
「連中に……。オレたちの何がわかるってんだ!」
「わたしたちの生きかたを、ホゴル様だけが、受け入れてくださった!!」
「いきなりやって来て……ッ。なんでっ。あんたらなんかに、俺たちのやりかたを変えられなきゃいけないんだよ!!」
ひゅんっ。
石が飛んだ。最前列からウォーリックめがけて。
直進するつぶてを横から和泉は法衣で払う。村人と生徒のあいだに割って入る。
青年教授のうしろで、ウォーリックは返事をやめなかった。
村人の質問に答える。
「あなたたちは変わる必要があると。わたくしが判断したからですわ」
しん……。
一瞬だけ村人は黙った。
静寂は、あっというまに瓦解した。
「このままがいいんだよ!」
彼らは叫んだ。
先頭にいた男が代表した。
「言われたままのことだけやっていれば、なんの責を負うこともない。それが我々の安息で……。幸福だった」
諭すような口調になって訴える男に、ウォーリックは尚も食いさがろうとする。
腕を出して、和泉はウォーリックを制した。彼女のかわりに、代表の男に答える。
「じゃあ。あんたらは一生そうしてろよ」
敬語は使わなかった。
彼らを敬う理由が、和泉には見つけられなかった。
〇つぎは最終回です。




