53.タイムアタック
〇前回のあらすじです。
『和泉とホゴルが対決する』
暗褐色の両生類のながい手足が、広間の床を強く|蹴った。
全長二メートルほどの異形が、高く跳躍する。
和泉の頭上から降り落ちる。
ずどおん!
地面が揺れた。前方に和泉はまろび出たものの、振動に足をとられる。
(こいつらにかまってる暇はない)
まえ方向への回転から立ちあがり、和泉は段上のホゴルを見あげた。
馬の突進が、斜から身体を跳ね飛ばす。
「ぐっお……!」
巨大な質量にはじかれ、エンタシスに激突する。
右肩から強かにぶつかり、剣を取り落とす。手が痺れる。
魔力の武器が消滅する。
(このっ。クソったれ……!)
自分の集中力のなさを和泉は唾棄した。フラつく身体を必死に動かす。
ガクン――。
ヒザが抜け、全身がかたむく。
いぼだらけのくちから、両生類の舌が伸びる。
大山椒魚の生態にはくわしくないが、その動きは、どことなくカメレオンの合成もにおわせた。
舌先が和泉の耳をかすめる。粘液まみれのベロが、ぶつかった柱を破壊する。
かすった和泉の耳先もまた、ぱッとはじけた。
血の粉を噴く。
「綻びを紡ぐ、医神の祝!」
癒しの魔法を放ち、和泉は傷を修繕した。回復はトクイではなかったが、かすりきずを完治するにはこと足りる。手足の痛みは引いた。だが脳震盪は、完全にはおさまらない。
(なんとかホゴルに〈檻〉を命中させれたら……)
大山椒魚が跳ぶ。和泉のまえに着地する。馬もまた、彼のまえに立ち塞がった。
化け物たちの向こうから、ホゴルが手をこちらにかざす。
「塔を崩す、皇の戒」
ホゴルの呪文が鳴った。
天井から、稲妻が降りそそぐ。
どおおおおおおん!
青白い電流が和泉の身をつらぬいた。
法衣が煙をあげる。
威力は緩和されていたが、槌を打ちつけるような衝撃に運動が鈍麻する。
二体の化け物のすきまから、和泉は慎重に魔術師のようすをうかがった。
(でも……。ホゴルの魔術は、たいしたものじゃない。……さすがに、いくらでも食らっていいってワケにはいかないけど)
馬の一撃を受けた時に切ったくちを、和泉はグッとぬぐった。問題は物理的な――化け物たちの怪力。
法衣は魔法のちからこそ防いでくれるものの、純粋な腕力に対しては無力である。
(はやくしないと……。ホゴルを倒しても、ウォーリックが死んでたんじゃあ、悔やんでも悔やみきれないぞ)
自分は彼女をエサにしてここに来ている。
意識に強く言い聞かせて、和泉は自身をふるい立たせた。
(術者さえなんとかできれば……。化け物は、倒せなくても――)
ここのクリーチャーには自発的な意思はない。彼らは主人の命令に従うのみだ。
ポケットのなかで、和泉は小さな装置をにぎり込む。
「砦をめざす、タカの羽ばたき!」
呪文を唱え、高速飛行の魔術を展開する。通常の浮遊より、倍の速さを基準とする――。
「それで突破できるとでも?」
ホゴルが胸のまえに両手をかまえる。
ななめに高く飛翔した和泉を防ぐべく、大山椒魚が跳ねる。
和泉は前進をやめない。
拳を突き出し――つかんでいた基盤を放した。
クリーチャーの舌が胸板をうがつ。
高速の砲丸を受けたような重み。肋がめきめきと呻く。
血と胃液をまいて、和泉は上空から墜落した。
「きみの生徒はうまいことを言ったものだな。死人にくちなし。だったか」
ホゴルは再び呪文を唱えた。雷が、落下する和泉を宙で捉える。
轟音。
青白い閃きによって、和泉は地面にたたきつけられた。
電流が法衣の表面を焼く。
カーペット越しに背を石の床に打ちつけ、一瞬意識がブラックアウトする。
(まだだ……。起きろっ。オレ!)
攻撃を受けなかった青い装置が――慣性のままに、宙を前進しながら落ちていく。
ホゴルの頭上へと。
やつが気付く。手を上に向け、ホゴルは呪文をさけんだ。
「兵を屠る――」
(間にあえ!)
青いきらめき。
『ニネヴェの陥穽』を指し示し、和泉は自分の魔力を投射した。
発声と、それを伴わない術――『魔力の解放』とでは、後者のほうが圧倒的に分がある。
和泉はホゴルが『ひばりの技法』を使えなかったことに心底感謝した。
――ばくんっ。
装置が発動する。
加工された魔鉱石から、鉄の棒が広がった。
ずんぐりしたホゴルの身体を、のびた鉄格子がなかに閉じこめる。
巨大な、鳥かごの形状。
釣鐘型の檻は、彼の声さえ封じ込めた。
ホゴルを、完全に無力化する。




