52.レッドカーペット
〇前回のあらすじです。
『進行を邪魔する兵士たちを、和泉が蹴散らす』
〇
〈朝〉は天上に張りつき、白けた明かりを玉座に投じる。
薄くなったホゴルの頭髪に、色硝子を通った光が落ちる。
立ちあがった彼は、すでに準備を終えていた。
ごおおん。
扉のひらく音がする。
開いた大扉に、ひとりの若者がいた。白い髪に、黄色いサングラス。黒い法衣。遮光レンズの下の眼は義眼だろう。生物的な輝きがなく、動きもぎこちない。
「ようこそ。と言うべきか」
「あれだけ妨害しておいて、出迎えの言葉はないだろ」
あきれ半分。まじめ半分。
青年――和泉は、相手に敬語をつかうべきだったか逡巡したが、この期におよんで礼儀もへったくれもないだろうと開きなおった。
急ぎ足に、廊下側からホゴルのもとへ歩く。
長いレッドカーペット。
その左右に、魔法陣が切られている。
「和泉教授。と言ったかな」
事前に領民から入手していた青年のファミリー・ネームをホゴルは使った。和泉は止まる。
「きみは私を捕縛することが、ここの民のためになると考えているのか?」
「……。あんたとのんびりおしゃべりに興じている暇はないんだ。オレには」
この状況で、和泉は『ニネヴェの陥穽』を出すかどうか迷った。
アクアマリンの色をした、魔法鉱物の装置。
薄く切った正方形のなかに、魔法陣を捺した基盤は、魔力を込めればたちまち発動し、ホゴルを封じる檻を展開する。
(けど。ホゴルとはまだ距離がある)
和泉はためらった。投擲して相手によけられたら、捕獲は失敗。
絨毯の左右には、召喚の陣もある。強制転移用の陣は見当たらないが、この宮殿のどこにあるかわからない以上、転移魔法は使わないのが堅実だろう。
――そこまで考えてから、ポケットに手を伸ばすのを和泉はやめた。
ホゴルは悠々とつづける。
「すでに知ってのことと思うが。あのような人種は、どこへ行っても同じように使役され、自分たちがなにを幸せと思っていたのかも忘れたまま、死んでいくのだろう」
ホゴルは振り返った。
大仰に。両腕をかかげて。
「天国なのだよ。ここは。彼らにとっての」
黒い、神父のような服に身をつつんだ、小太りの男。としは六十ほどで、灰色の眼に少し高い鼻が、へちゃむくれの彼の顔を不思議と知的にする。
「私は彼らに生きる意義を与えてやっているのだ。学ぶことを放棄し、他者を妬み、自ら選んだ生活に文句ばかりをたれ――。あまつさえ、ほかのものをその泥沼に引き込もうとする。うつけどもに」
「同情するよ。ホゴル」
自然とその言葉は和泉のくちをついて出た。地下の実験室にくすぶっている連中よりも、目のまえの犯罪者のほうが、よほど話しができると思った。
「けど。自分がやったことの報いは受けてもらう」
ここまで維持してきた魔力の剣を和泉は握り締める。
いちおう――確認しておく。
「おとなしく投降してくれると嬉しいんだけど。そんな気は……」
「笑止」
頭上に両手をあげたまま、ホゴルは呪文を唱えた。
赤い絨毯の両脇から、クリーチャーが出現する。
一体は、手足が人間めいた大山椒魚状のもの。
もう一体は、体中に人の眼やくちびるのついた、馬状のもの。
彼らを見た瞬間。和泉は内心でほっとした。
殺人はもうこりごりだったが、変わり果てた他人のすがたをまえにして『人間』と再定義できるほど、和泉は人格者ではなかった。
玄関ホールに出てきた人面のケルベロスもそうだったが――。
彼らをモンスターだと自分が認識できていることに、和泉は安堵と、感謝さえしていた。




