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45.かぎのかかっていない檻(おり)


   〇前回のあらすじです。

   『和泉いずみたちが、とらわれている人たちとはなしをする』





 十善寺(じゅうぜんじ)和泉(いずみ)をにらみつけた。

「よけいなお世話って……」

 と言う白髪(はくはつ)青年(せいねん)狼狽(ろうばい)調子(ちょうし)づく。

「オレはな。もともと日本(にほん)んでたんだ。学もない、仕事も――。まあすこしはやったが……うまくいかなくて。おやのすねかじって生きてるような、しょーもないやつだった」

 彼が自分で卑下(ひげ)しているそのとおりの人物だったのか。和泉には判断(はんだん)できない。

 同郷(どうきょう)のよしみとして、「あの。オレも日本の出身しゅっしんです」としか返せなかった。

 十善寺は興味(きょうみ)がない。

 滔々(とうとう)と、自分の()のうえ(ばなし)をつづける。

「ある日。【裏】(こっち)の世界に転送された。それあべつにかまわねえ。魔法(まほう)がつかえるように訓練してくれるし、衣食住(いしょくじゅう)保証ほしょうしてくれるってんだからな。けど。オレはたいした素質がなかったみたいでよ」

「『素質』という言葉ことばは便利ですが、それにまどわされつづけるのは問題ですわね」

 (おり)の外側からウォーリックが(いまし)める。

 和泉(いずみ)彼女かのじょの腕をヒジで小突いた。――いまは聞こう。

 一時(いっとき)、怒りに身体がふくらんだものの、十善寺(じゅうぜんじ)はすぐにしぼんだ。

 (しず)み込んだ。と言ったほうがいか。

 なにをやっても無駄むだだと盲信(もうしん)し、もはや動き出すことそのものを重罪(じゅうざい)と断じて、放棄(ほうき)してしまっているような。

 それでいて。弁解(べんかい)だけは達者(たっしゃ)なのだ。


「キツイもんだったぜ。六才むっつ五才いつつのガキがすぐにできるようになることが、オレには一年(いちねん)()年もかかる。としを食いすぎたんだな。むだに。……だからいるのが(つら)くなって、【学院(がくいん)】をやめた」

 またもウォーリックがなにか言いかけたが、和泉いずみは「それからは」と(おとこ)をうながした。

 近くの壁のフックに黒い法衣(ほうえ)と白いマントがかかっているのを横目(よこめ)つけて、ウォーリックはそれを取りにいく。

 足音(あしおと)とおざかって。十善寺(じゅうぜんじ)はくちをひらいた。

「で。あっちこっち行ったものの、オレみたいな半端はんぱもんは使えねえってんで……。ながれついたのがここさ。ギルベルト・G(ゲム)・ホゴルの領地(りょうち)

「ギルベルト……」

 和泉(いずみ)はホゴルの本名(ほんみょう)反芻(はんすう)した。

 ククク。と十善寺(じゅうぜんじ)(のど)が、引きつったおとをたてる。

「ここの仕事はキツイし、はっきり言ってシロウト()ても能率(のうりつ)がわるい。住人(じゅうにん)性質(たち)も、いとは言えんわな。『おかみが言ってんだから、どんなめちゃくちゃでも聞きましょう』って塩梅(あんばい)だ。給料(きゅうりょう)すずめのなみだで……。ただただ搾取(さくしゅ)されてばっかなのによ」

「あなたたちがこの部屋にいるワケは? それとなにか、関係があるんですか」

「あるさ」


 眼光をキラキラさせて、十善寺じゅうぜんじ酒瓶(さかびん)いた。

 気味きみのわるいほど機敏(きびん)(うご)きで、彼は、自分達と(そと)とを区切る鉄製(てつせい)のパイプにしがみつく。

志願(しがん)したんだよ。オレたちみたいな役立たずを、どおぞお人形(にんぎょう)にしてください。ってな。もうあれこれ不安(ふあん)にわずらわされるのも、こーしたほうが良いんじゃないか。ああしたほうが良いんじゃないか。って(なや)むのもいやになったんでね。どうせ言われたことしかできない――しようとしない人生なら、死体になって生きたところでそう変わりはねえ。むしろ、めんどうなこと考える(のう)がなくなるだけ、そっちのがお(とく)だろ」


 器官からひゅーっとうつろなおとがした。

 ひからびた笑い声とともに、十善寺(じゅうぜんじ)は鉄格子にしがみついたまま肩をゆらす。

 (おり)とびら和泉いずみは手をける。

「……。とりあえず。ここのカギはけておくんで――」

 魔法(まほう)想起(そうき)しようとして。

 和泉は動きを止めた。扉の(じょう)を確認する。

 ……もう一度(いちど)和泉(いずみ)おりのなかの四人(よにん)た。ケビンが肩をすくめ、十善寺は酒瓶(さかびん)にくちをつける。が。なかはカラになっていた。

「あんたらみたいな秀才(しゅうさい)には分からんさ。オレらのやってることなんて。それに……なあ。ケビン」

「うん。なまじ行動しようとして、ハインリヒみたいになるのもいやだし」

 金髪(きんぱつ)青年(せいねん)ケビンが、もじもじと意見した。

 和泉ははじめて聞く名前(なまえ)(まゆ)をひそめる。

「えっと。ハインリヒっていうのは……」

 十善寺(じゅうぜんじ)が答える。

「つい最近に殺された(おとこ)さ。やつめ。旅行りょこうに来た魔術師(まじゅつし)()知恵(ぢえ)されて、(むら)を出ようとした。『いつまでも言いなりになってる人生はもういやだ。この土地を出て、もっと(しあわ)せに生きられるところに行く』ってな」


「まっとうな判断(はんだん)ですわ」

 法衣(ほうえ)とマントを取って、ウォーリックがもどってきた。

「そういうやつが殺されるのさ」

 カベによりかかり、四十路(不惑)にしては深すぎるシワのかよったおデコを十善寺じゅうぜんじむ。

「わかるか? 村人(むらびと)総出(そうで)で、そういうまっとうな人間の(あし)を引っぱるんだよ。天国へ行こうとする同胞(どうほう)を、地獄に引きずりもどす亡者(もうじゃ)みたいにな」

「どうして。()勝手(かって)に出ていかせたらいいじゃないですか」

 いらだって和泉(いずみ)は質問した。

 鉄格子(てつごうし)の内側で、やせさらばえた(おとこ)常識(じょーしき)だろ。と()ばかにする。

ゆるせないんだよ。そんなまともな考え方をするやつが、もともと同類(どうるい)だったところからあらわれるのが。自分たちがさっさと()()てた可能性(かのうせい)を、あらためて()せつけられるのが。いまの不遇(ふぐう)状況(じょうきょう)が、結局けっきょくは自分で作りだした自業自得(じごうじとく)だと、あらためて(おも)()らされるのが。オレたちには、()えられないんだよ!」

 (ほね)と皮ばかりになった顔面(がんめん)両手(りょうて)さえて、十善寺(じゅうぜんじ)は叫んだ。あるいは、自分に言い聞かせているのか。

 これまでずっと、そうしてきたように。


「だから殺した。(かず)にものを言わせてリンチして。やつを精神的(せいしんてき)()い込んでやったんだよ。最後は領主(りょうしゅ)に言って、ゾンビにまかせた。あがくやつは馬鹿ばかるんだ。(なが)いものに()かれて生きんのが、この()のルールなんだって。親切に(おし)えてやったんだよ。わるいか?」

 ()ればれとかおを輝かせて――それは狂信者(きょうしんしゃ)愉悦(ゆえつ)にも似た表情(ひょうじょう)だった――十善寺じゅうぜんじは、牢の外側にいる魔術師(まじゅつし)たちをつめた。

 反射的(はんしゃてき)にウォーリックは一歩(いっぽ)さがる。

 彼女かのじょを先にうながして、和泉(いずみ)は、この()(はな)れることにした。


   〇


 【学院(がくいん)】の魔術師まじゅつしたちがとおざかっていく。

 ひらひらと揺れる黒法衣(くろほうえ)背中せなかに、なおも(おり)のなかから、十善寺(じゅうぜんじ)はしゃべった。

「信じられるかよ。おいっ。オレたちは、自分でもこのままじゃ駄目だめだって分かっているにもかかわらず、なにもしようとしない。ばかりか、がんばって行動する人間を駆逐(くちく)して、ざまあみろってわらっていい気になってッ。ますます自分を――自分の手で、地獄にしばりつけているんだぜ!」



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