42.ニネヴェの陥穽(かんせい)
〇前回のあらすじです。
『和泉たちが、ホゴルの研究室をガサいれする』
コレクターの陳列台。
というのが、研究室の木棚を見たウォーリックの感想だった。
いくつかの【マジックアイテム】のなかに、チップ状の『装置』が飾ってある。
それをウォーリックは取った。
【魔鉱石】をうすい正方形にした【基盤】に、魔法陣が描かれている。
彼女の肩口から、ひょこりと和泉はのぞきこむ。
「それは?」
「【ニネヴェの陥穽】です」
「陥穽って。おとしあな?」
「『トラップアイテム』ですわ。使いかたは【魔鉱石】とほぼ同じ。魔力をそそいで、装置の能力を解放するだけ。『落とし穴』ではなく、『檻』のタイプになりますが」
二本の指ではさんだ『チップ』を、ウォーリックは和泉にかざした。サングラスの奥で、和泉は義眼をすぼめる。
宝石を切って磨いたような、つるりとした表面に、回路めいた模様が刻まれている。
魔法陣も張られているが、それは透明度のある石の内部に捺されている風だった。
「再現が可能になった【アーティファクト】のひとつです。もちろん。オリジナルのものとは掛け離れて低俗ですが」
「アーティファクトか」
和泉は、ぱちんと小さく指を鳴らした。
――アーティファクト。
魔法の中枢たる【妖精】たちが、気まぐれで作るとされる、超高度な【魔法道具】である。
彼らの製造するアイテムは、ほとんどが唐突にあらわれ、唐突に消滅する。
【学院】でも、厳重に宝物庫に保管していたサンプルがいくらかあるが、それらのいくつかは、あるときは人知れず。、あるときは管理者の目のまえで。溶けるようにして灰になった。
「それ。持ってくのか?」
「もとはわたくしのものですわ。【同盟】からあずかったのです」
「てことは……。なんだ。ウォーリックも、ちゃんとホゴルを捕まえる気だったんじゃないか」
「わたくしではなく。【貴族同盟】がね。領主という逸材をそこなうのは、彼らとしても避けたいから」
ウォーリックは和泉のそばを横切った。【ゾンビパウダー】の探索にもどる。
本棚の資料――ホゴルの研究内容を確認しながら、和泉はウォーリックに問いかけた。
「おまえは? ちがう考えなのか?」
「ええ」
にこ。とウォーリックは笑顔を和泉に当てつける。
「わたくしは、『いらない』と思ったものは処分する主義なので」
(なんだかな……)
頭痛のする額を指でおさえ、和泉は瞑目した。モヤモヤから意識を逸らす。
「あのさ。それ。オレが持っててもいいかな。おま――。あー。きみには不本意かもしれないけど。オレにもオレの流儀があるんだ」
「ご随意に」
【ニネヴェの陥穽】をウォーリックは和泉に渡した。
ロングパンツのポケットに、和泉は小さなマジックアイテムをしまう。
――。――。――。
「なあ」
――。――。
「……。いま」
「ええ」
音がする。
和泉は資料を書架にもどした。壁のほうに歩いていく。ウォーリックもついてくる。
音はかすかで、断続的だったが、確かにあった。
「向こうに誰かいるのでしょうか?」
「見張りかな。無視したほうがいいかな」
「……こんなところに? ものもわからない凡物を置きますか?」
ウォーリックは自分の顎先に指をあてがった。
「『モルモット』が閉じ込められていると考えたほうが自然では?」
「認めたくはないけど……。同感だよ」
和泉は大きく息を吸った。くやしかったが、首肯する。
隣りへとつづくドアをふたりは探した。隠し扉の存在も疑ったが、入り口の探索は適当なところで断念する。ぐずぐずしているあいだに人が来るのを懸念したのだ。
レンガの壁に、和泉は右手をかざす。
魔術の構成を想起。呪文をささやく。
「兵を屠る、竜の雄叫び」
和泉は加減した魔法を解き放った。圧縮された空気の砲弾が、地下の壁を破砕する。
ドおおおおッン。
轟音と粉塵があがる。
ひと一人分の穴があく。
「けっ……こうな音がしたな。だれか来るかな?」
「その時には蹴散らしてしまいましょう」
「……。選択肢には入れておくよ」
小さなカケラが落ちてくる。
それを手で払いつつ、和泉は壁の穴をくぐった。




