41.研究室(けんきゅうしつ)
〇前回のあらすじです。
『牢屋から出てきた和泉たちが、ホゴルの研究室をさがす』
廊下の突きあたりにそのドアはあった。
ウォーリックは押戸をあける。空洞の音がする。段差の高い階段が、暗がりに降りている。
せまい足場にたたずむウォーリックのうしろから、和泉はのぞきこんだ。背中にかかる圧力を忌避するように、少女が階下につまさきをおろす。
無防備なドアの存在に、和泉は不信感をぬぐえない。
(こんな堂々と……。罠とかじゃあないよな)
もっとも。地下に研究室や書斎を持つ有力者は、和泉も知る通り。なので。その造り自体は奇怪なものではない。
――階段は、思ったよりも短かった。それでも一階の光は遠く、うっすらとしかあたりは見えない。
和泉は唱える。
「暁を告げる、ニワトリの笛」
ぼうっ。
白い光の球体が、和泉のかざした手のひらに浮かんだ。黒い空間を、拳大の魔法光が照らし出す。
少し歩くと、カギのかかった鉄扉がふたりを迎えた。
ウォーリックが鍵穴に指を当ててつぶやく。
「殻を砕く、ピクシーの舞」
魔力の火花がはじけた。
施錠がはずれる。
ウォーリックはノブを引き、なかに入る。和泉もつづく。
部屋は資料室だった。
壁にならんだ背の高い書架と、そのすきまに挟まるようにして設置された整理棚。
棚にはクリスタルの置物や、動物の骨。標本。ホルマリン漬け……。
ほかにも、マジックアイテムと思しき刀剣類などが飾られていた。
「あんまり、大したことない感じだな」
「貴族は舐めないほうがよろしいかと。和泉教授」
(うぐっ……)
和泉は痛いところを突かれた。
ホゴルという魔術師を馬鹿にしたつもりはない。が、【学院】の教員クラスよりは下だろうと、どこかで甘く見積もっていた。
ウォーリックは棚から短剣を取り、鞘から抜く。とたん、顔めがけて襲い掛かるサーベルタイガーの幻影に面食らった。
……ぱちん。
刀身をもどす。
「これは……。おもちゃですわ」
「――で。貴族がなんだって?」
子供だましの玩具に気を揉む生徒に、和泉は陰湿ににやけながら問いただした。彼女はなにもなかった調子で……。
「現役の領主は、ちょっと魔術の教育を受けたていどの魔術師では、まず相手になりません。どんな土地の統治者でも、幼少のころよりきびしい訓練を受けているのが常套ですので」
「じゃあ。きみの自負にもそれなりの事情があるってことだな」
ウォーリックはうなずいた。
「はっきり言って。一対一で戦えば、【学院】の教授でもかなわない者はあるでしょう。和泉教授がそうだとまでは言いませんが」
「……いいよ。気を使ってくれなくて。はっきり言ってくれれば」
「ではお言葉にあまえて。和泉教授ごときではかなわないでしょうね。魔法のない世界の出身ですから。どうしても、向こうで生きた時間だけブランクがある。つけ焼刃でどれほどのことができるのやら」
肩をすくめて溜め息をし、露骨に侮蔑のニュアンスでかぶりを振るウォーリックに、和泉は顔をひきつらせた。
「なんか。そうはっきり言われるのも傷つくな……」
「わたくしにどうしろと言うのです」
「加減してくれ」
「わがままな……」
ウォーリックは肩を落とした。資料室の物色にもどる。
確かに気の毒な注文だったと内省しつつ、和泉も部屋の調査を手伝った。




