39.雹(ひょう)
〇前回のあらすじです。
『和泉たちが牢屋をぬけだす』
※敵がわの視点に移ります。
宮殿の通路には兵士たちが倒れていた。いずれも周辺の町村から、志願してホゴル邸に仕えていたものたちだ。
拝謁の間から命を受けて、マーゴットは見回った。今は内部の事態をひととおり把握し終えて、主人の元にもどる最中だ。
硝子窓の外には、雹が降っている。調査にきた魔術師のうちの一人が使った、天体移動の魔法の余波である。
さっきまでは雪が降っていた。
もうしばらく、天候はでたらめに荒れるだろう。
(早くおさまってくれるといいけれど)
むきだしの肩にまとったストールを抱きよせて、マーゴットは思った。寒いのはキライだ。
報告を急ぐ。
領主のいる広間につく。
扉を開け、奥の玉座に鎮座する男にマーゴットは一礼した。
「どうだった。マーゴット」
ホゴルは答えを急かした。
マーゴットは心持ち速足になる。主人のまえに立ち、邸内のようすを告げる。
「はい。警備にあたっていた兵は半壊。牢の番は、すべて死亡しています。へびに噛まれた跡があったので……。毒が原因かと」
しわのかよった額をホゴルは押さえた。分厚いまぶたの下で、不覚とばかりに小さな眼を剥く。
「あの小娘の使い魔か。ということは、檻のなかは……」
「もぬけのカラになっていました」
マーゴットは頭を垂れたまま報せた。その顔色は芳しくない。主人がかんしゃくを起こすと思ったのだ。
彼と契約して三年ほどが経つが、ホゴルが怒髪天をついたところを、マーゴットはまだ見たことがなかった。
おそるおそる。表情をうかがう。
ホゴルは立派な彫刻のあるひじかけに片腕を置き、目元を覆った。そのまま嘆息する。
「連中を我々の側に引き込めればと考えたのだが……。ぬかったか」
「わたしが、墓場できちんと処分しておくべきでした」
一層深く頭をさげようとすると、ホゴルはちょいちょいと手で制した。
マーゴットは顔をあげる。主人は考えこんでいる。
「なあ。マーゴット」
席から立ちあがり、カーペットの上をホゴルはうろうろした。それは彼が思いあぐねたときのクセだった。
「わしの先祖は、もともと【表】にいたと言う。そこでは商船に乗せられて、遠い国で売買される、ドレイのひとりだったと」
「……存じています」
数えるほどでしかないが、マーゴットはホゴルから同じ話を聞いていた。ホゴルの祖先は貧しい身分の出身で、異国に出荷されたのち、家畜のように酷使されていたと。
それがなんの因果か。
魔法の才に目覚めたことで、先祖は【三者協定】の強制力により、【表】からこの魔法の世界に転送された。そして。それまで無縁だった学問を与えられ、餓えた大地が水を吸うように、知識を吸収していったという。
とりわけ初代ホゴルは、薬剤に造詣が深かった。その業績を認められ、かつてパンゲア大陸の南部域を治めていた魔術師に、領土の一部を褒賞として分け与えられたのだ。
険しい谷によって、ほかとは隔離された狭小な土地だったが、先祖はそれでも、自分の手にいれた地を誇りに思った。そして抱えることとなった民たちに、献身的だった。
「学校もつくったな。……もう影も形も残ってはいないが」
「民に打ち壊されたのでしたか」
「だいぶん前にな」
天窓から、うっすらとした光がそそいでいた。雹を降らせる雲が、白いかがやきを鈍らせる。
――現在ホゴル領内には、教育をほどこす公的な機関は無い。
子どもの教養については、すべて親まかせであり、初歩的な語学も算術も、すべて家庭での学習に依存していた。
魔法に関しては、【カース・ランゲージ】という領主からのプレッシャーにより、よほど優れた才覚の持ち主でなければ使用ができない。
そのため町のなかには、魔力を持ちながら、生まれてこのかた一度も魔法らしい魔法を使ったことがない。というものもいる始末だった。
ホゴルは頭を振った。
「先祖は自分を生き証人に、学術こそが精神の自由を得るための作業だと説いた。そしてその信念に基づき、領内にながれてきた無知蒙昧の徒に、学問を施そうとした。だが――」
ホゴルは厚みのある肩を落とした。六十を超えた彼の動きは、老いのためか、遅かった。
「多くの流れ者が勉学を拒んだ。『そんなめんどうなことはいいから、てっとりばやく稼げる仕事がほしい』と。だが、民の能力は低く、とても大事な仕事はさせられない。与えられるのは、過酷な肉体労働のみ。それでもいいと言う。金さえ手にはいれば、身も心もぼろぼろになり、意思のないゾンビになり果てようとも……。領民は、かまわなかった」
過労で使えなくなった農民を売りにくるのは、領内では隠れた事業のひとつになっている。
ぱんっ。
ホゴルは太った両手を打ち合わせた。
「まあ。わしにとってはどうでもいい話だがな。使えないものを有効に活用する。それだけのことだ」
結論して。ホゴルは「なあ」と目配せでマーゴットに同意を求めた。マーゴットは相槌を打つ。
それから彼に、指示を仰いだ。




