37.しりとり
〇前回のあらすじです。
『戦いが終わって油断していた和泉を、何者かが殴りたおす』
〇
「役立たず」
鉄格子の向こうに冷たい声が響く。風入れの外が、ゴおゴおと吹雪いている。
雪。
暦のうえではまだ夏のまっ最中。にもかかわらず、ホゴル領の天気は近年まれに見る豪雪である。
太陽を呼んだ反動だ。
そして一度やってきた〈朝〉は、相応の時刻が来るまで空にへばりついている。
白夜。とでも言うべきか。
時刻は午後の十一時だったが、空は夜明けの明るさを保っていた。
「『ず』……。ずるかったんだよ。相手が。いきなりガツン。だもんな」
なじるウォーリックに和泉はうめいた。汚れた床に『の』の字を書きながら。
「『な』にを仰いますか。仮にも【学院】で訓練を受けてきた魔術師が」
「『が』んばったほうだと思うぞ。オレは」
「『は』――犯人の顔。見ましたか」
「『か』……。確認は――ちゃんとはできなかったけど。村人だわな。この状況……」
「『う』だつのあがらないすっとこどっこいなワケですわね。そんな抜目だらけだから」
「『ら』――ら。ら。ららあああウあああああああ!」
いじけるのをやめて和泉はわめいた。怒りのままひっくり返り、頭をかかえる。
――ウォーリックの目がさめて、「ひまですわ」の一言からはじまった、しりとり。
最初は彼女の体力を心配した和泉だったが、訊いたところで「すこしだるいですけれど、慣れてますので」とつれない返事。
はじめた言葉あそびは、五分あたりから会話めいてきて、気づけば「阿呆」。聞きながせば「単細胞」。「うっ。うるせえ」と半泣きで切りかえせば、「えらいのは。肩書きだけの。無能かな」と五・七・五。
(フザケんなっ……)
コケのはえた石の床にころがったまま和泉はうずくまった。ヒザをかかえて、たまごみたいに。
上着の黒法衣は無い。ウォーリックの白いマントも消えている。
六畳ほどの牢獄には、鉄パイプのはまった窓と、もうしわけていどの水洗トイレ。壁から鎖で固定された板に、せんべい布団が敷かれた粗末なベッドがひとつのみ。
寝台のうえにウォーリックは腰かけていた。頭痛にうめく和泉を、ふしぎな生物を観察する目つきでながめている。
「やいっ。こら。メイ!」
「ウォーリックですわ」
吠えながら立ちあがった白髪の教授に、ウォーリックは訂正を要求した。が、相手はきかない。
「きみが【リビングデッド】をどうにかしてくれたことには感謝してる。オレの失態だったわけだしな。けどな。しりとりにかこつけて、オレを罵るのはやめろっ。軟弱なんだよこう見えて。身も心もな!」
「そんなこと威張って言わないでください……」
「おい!」
見張りが鉄格子からふたりをのぞく。
「おまえたち、うるさいぞ!」
くちひげをはやした、四十才ほどの男である。中背だが少し太った体型に皮の鎧をつけ、腰には鋼鉄製の刀剣を佩いている。ホゴルの宮殿に奉公している使用人だ。
「……はあ……」
カベにずるずる。和泉は背中をつけてへたりこんだ。
牢屋のそとには、看守をつとめる人間がほかにも数人いる。彼らは領内のいろんな町村からやとわれて、宮殿に住み込みで働いている。らしい。
墓場で気をうしなった和泉たちが、意識を取りもどすとこの牢獄にいた。「【フーガン墓地】でおまえたちが倒れていたところを、ホゴル様が保護してくださったのだ」とは見張りの弁。
檻に入れられているのは、墓荒らしの嫌疑をかけられているためである。
(これ以上オレたちにうろつかれないよう、拘束するための口実だろおけど)
魔法に耐性のある法衣やマントが没収されていた。しかも牢には魔力の伝播を相殺する『装置』が組み込まれている。高い天井に切られた魔法陣がそれである。触媒として、中央に鉛色の【魔鉱石】がはまっている。
おとなしくなった囚人を横目に、見張りは椅子に座りなおした。
あぐらをかいて、ぼそぼそ和泉はウォーリックにぼやく。
「だいたい……。きみだってオレのことばっか言えないだろ。使い魔だって、どっか逃げてるし」
むカッ。と方眉をウォーリックは跳ねさせた。
「リリンにはリリンの都合があるのです」
犬歯を剥く少女に、とっさに和泉は「わっ。わるかったよ」と頭をさげた。ウォーリックの気勢はおさまる。
「でもさ。どうするよ。このままじゃあオレたち、どうなるかわかったもんじゃないぞ」
和泉の問いに、すぐにウォーリックは答えなかった。ブラウスのポケットから懐中時計を出し、銀色のふたを開ける。時刻を見て閉じる。彼女の視線が和泉に移り……。
……無言。
「なんだよ。なんか策があるなら教えて――むぎゅっ!」
立ちあがったウォーリックはブーツで和泉の顔面を踏んで黙らせた。
牢屋の外から悲鳴がする。
湿っぽい通路に、見張りたちの声が飛び交った。




