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鉄と真鍮でできた指環 《2》 ~ネクロマンサーの秘薬~  作者: とり
 第4幕 ネクロマンサーの秘薬(ひやく)
39/68

37.しりとり




   〇前回のあらすじです。

  『戦いがわって油断ゆだんしていた和泉いずみを、何者なにものかがなぐりたおす』






   〇


役立(やくた)たず」

 鉄格子(てつごうし)こうに(つめ)たい声が響く。風入(かぜい)れの外が、ゴおゴおと吹雪(ふぶ)いている。

 (ゆき)

 (こよみ)のうえではまだなつのまっ最中(さなか)。にもかかわらず、ホゴル(りょう)天気(てんき)近年きんねんまれに豪雪(ごうせつ)である。

 太陽(たいよう)んだ反動(はんどう)だ。

 そして一度(いちど)やってきた〈(あさ)〉は、相応そうおう時刻(じこく)が来るまで空にへばりついている。

 白夜(びゃくや)。とでも言うべきか。

 時刻は午後(ごご)十一(じゅういち)()だったが、空は夜明(よあ)けのあかるさを(たも)っていた。

「『ず』……。ずるかったんだよ。相手(あいて)が。いきなりガツン。だもんな」

 なじるウォーリックに和泉(いずみ)はうめいた。よごれた(ゆか)に『の』の()を書きながら。

「『な』にを(おっしゃ)いますか。仮にも【学院(がくいん)】で訓練(くんれん)を受けてきた魔術師(まじゅつし)が」


「『が』んばったほうだと(おも)うぞ。オレは」

「『は』――犯人(はんにん)かおましたか」

「『か』……。確認(かくにん)は――ちゃんとはできなかったけど。村人(むらびと)だわな。この状況(じょうきょう)……」

「『う』だつのあがらないすっとこどっこいなワケですわね。そんな抜目(ぬけめ)だらけだから」

「『ら』――ら。ら。ららあああウあああああああ!」

 いじけるのをやめて和泉(いずみ)はわめいた。(いか)りのままひっくり返り、あたまをかかえる。


 ――ウォーリックのがさめて、「ひまですわ」の一言(ひとこと)からはじまった、しりとり。

 最初さいしょ彼女かのじょ体力(たいりょく)心配しんぱいした和泉いずみだったが、()いたところで「すこしだるいですけれど、()れてますので」とつれない返事(へんじ)

 はじめた言葉(ことば)あそびは、五分(ごふん)あたりから会話めいてきて、気づけば「阿呆(あほう)」。聞きながせば「単細胞(たんさいぼう)」。「うっ。うるせえ」と半泣(はんな)きで切りかえせば、「えらいのは。肩書(かたが)きだけの。無能(むのう)かな」と五・七・五。

(フザケんなっ……)

 コケのはえた(いし)(ゆか)にころがったまま和泉はうずくまった。ヒザをかかえて、たまごみたいに。

 上着の黒法衣(くろほうえ)い。ウォーリックの(しろ)いマントも消えている。

 六畳(ろくじょう)ほどの牢獄(ろうごく)には、(てつ)パイプのはまったまどと、もうしわけていどの水洗(すいせん)トイレ。壁から(くさり)で固定された(いた)に、せんべい布団(ぶとん)が敷かれた粗末(そまつ)なベッドがひとつのみ。

 寝台(しんだい)のうえにウォーリックは腰かけていた。頭痛(ずつう)にうめく和泉(いずみ)を、ふしぎな生物(せいぶつ)観察(かんさつ)するつきでながめている。

「やいっ。こら。メイ!」

「ウォーリックですわ」

 ()えながら立ちあがった白髪(はくはつ)教授(きょうじゅ)に、ウォーリックは訂正(ていせい)要求ようきゅうした。が、相手あいてはきかない。


「きみが【リビングデッド】をどうにかしてくれたことには感謝してる。オレの失態(しったい)だったわけだしな。けどな。しりとりにかこつけて、オレを(ののし)るのはやめろっ。軟弱(なんじゃく)なんだよこうえて。()(こころ)もな!」

「そんなこと威張(いば)って言わないでください……」

「おい!」

 見張(みは)りが鉄格子(てつごうし)からふたりをのぞく。

「おまえたち、うるさいぞ!」

 くちひげをはやした、四十才(よんじゅっさい)ほどの(おとこ)である。中背(ちゅうぜい)だがすこし太った体型に(かわ)(よろい)をつけ、腰には鋼鉄(こうてつ)(せい)刀剣(とうけん)()いている。ホゴルの宮殿(きゅうでん)奉公(ほうこう)している使用人しようにんだ。

「……はあ……」

 カベにずるずる。和泉(いずみ)背中せなかをつけてへたりこんだ。

 牢屋(ろうや)のそとには、看守(かんしゅ)をつとめる人間がほかにも数人(すうにん)いる。彼らは領内(りょうない)のいろんな町村(ちょうそん)からやとわれて、宮殿に()()みで(はたら)いている。らしい。

 墓場(はかば)で気をうしなった和泉たちが、意識(いしき)を取りもどすとこの牢獄(ろうごく)にいた。「【フーガン墓地(ぼち)】でおまえたちがたおれていたところを、ホゴル(さま)保護(ほご)してくださったのだ」とは見張(みは)りの(べん)

 (おり)に入れられているのは、墓荒(はかあ)らしの嫌疑(けんぎ)をかけられているためである。

(これ以上いじょうオレたちにうろつかれないよう、拘束(こうそく)するための口実(こうじつ)だろおけど)


 魔法(まほう)耐性(たいせい)のある法衣(ほうえ)やマントが没収(ぼっしゅう)されていた。しかも牢には魔力(まりょく)伝播(でんぱ)相殺(そうさい)する『装置(そうち)』が組み込まれている。高い天井(てんじょう)に切られた魔法陣(まほうじん)がそれである。触媒(しょくばい)として、中央(ちゅうおう)(なまり)(いろ)の【魔鉱石(まこうせき)】がはまっている。

 おとなしくなった囚人(しゅうじん)横目(よこめ)に、見張みはりは椅子いすすわりなおした。

 あぐらをかいて、ぼそぼそ和泉(いずみ)はウォーリックにぼやく。


「だいたい……。きみだってオレのことばっか言えないだろ。使(つか)()だって、どっか逃げてるし」

 むカッ。と方眉(かたまゆ)をウォーリックはねさせた。

「リリンにはリリンの都合(つごう)があるのです」

 犬歯(けんし)()少女しょうじょに、とっさに和泉いずみは「わっ。わるかったよ」とあたまをさげた。ウォーリックの気勢(きせい)はおさまる。

「でもさ。どうするよ。このままじゃあオレたち、どうなるかわかったもんじゃないぞ」

 和泉の()いに、すぐにウォーリックは答えなかった。ブラウスのポケットから懐中時計(かいちゅうどけい)を出し、銀色(ぎんいろ)のふたを()ける。時刻(じこく)()じる。彼女の視線(しせん)和泉(いずみ)に移り……。

 ……無言(むごん)

「なんだよ。なんか(さく)があるなら(おし)えて――むぎゅっ!」

 立ちあがったウォーリックはブーツで和泉の顔面がんめん()んで(だま)らせた。

 牢屋(ろうや)(そと)から悲鳴(ひめい)がする。

 湿(しめ)っぽい通路(つうろ)に、見張(みは)りたちの声が()()った。




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