36.ハティとスコル
〇再開します。
〇前回までのあらすじです。
『夏休みに【学院】で講義をしていた魔術師の青年、和泉。彼のところに、元学院長の男、箔 時臣から、ホゴルという魔術師の調査を手伝ってほしいという依頼が来る。
そこで組むこととなったのが、貴族の魔女メイ・ウォーリックだった。傲岸不遜な彼女と衝突しながらも、和泉はホゴルのおさめる領地にはいる。そして本格的な調査をはじめようかというところ、ホゴルの使い魔を名乗る女性に協力を申し出られ、渡りに舟と甘言にのってしまう。
村はずれの【墓地】に誘い出されたふたりは、【ゾンビパウダー】という魔法の薬により、リビングデッドと化した死体たちにおそわれる。苦肉の策として、生けるしかばねたちをしりぞけるべく、ウォーリックが夜を〈朝〉に変える魔術を展開する』
※ウォーリックの視点からはじまります。
――星を呼ぶ――。
地動説が定着して久しい今日において、この言い方はナンセンス極まりない。
無形の存在たる【妖精】が、【魔法】という不思議を為す【裏】でも、星の自転と公転は存在する。【表】と【裏】は、切っても切り離せない因果にあるのだから。
それでも『夜』を『朝』に変える術があり、なおかつ成立するのは、天体を操作するからくりもまた、妖精の管轄ゆえである。
ウォーリックが、星――太陽の運行について「ずらす」と表現に拘るのも、伝達の差異によって、妖精たちへの伝導率が変わるためだった。
(それでも。破産はまぬがれない)
魔力を展開しながら、ウォーリックは焦燥を感じていた。規模の大きな魔法であるために使用が容易ではなく、圧倒的な練習不足であるのがひとつ。もうひとつの理由は、八時間――。四八〇(よんひゃくはちじゅっ)分の天体のずれにより起こりうる『反動』が、どの程度のものか想像がつかないことである。
(まあ。世界が滅びる。とまではいかないでしょうけど)
構成が終わる。
ウォーリックを中心に、墓所の地面に光の紋様が捺印される。
【コラール】というこの焼きつけ現象は、魔術師の〈トランス〉――自己酩酊状態に発生する、ちからの軽い暴走である。
熱く。高く。
限界を越えた魔力が、術師の意識をなぞって、地上に魔法陣を刻むのだ。
〇
ウォーリックの足元に奔る魔術の構成図は、基準となる魔法陣に独自の改造がくわえられたものだった。
理解が。和泉には到底およばない。
(あいつ大丈夫なのか?)
〈古典魔術文字〉が光の陣には羅列されていた。古代の中東に用いられた、現代では用途困難な文字媒体である。
魔術のちからを、術者の限界以上にまで引きあげ、強大な魔力の放出を叶えてくれる一方で、使用後の消耗は計り知れない。
ウォーリックの体力を案じたものの、和泉は彼女に問うことはできなかった。
邪魔をすれば、せっかく編みあげた魔力が無駄になる。いたずらにウォーリックのスタミナを消費させて終わりにするのはいたたまれない。
飛びかかる骸骨を、蹴りで和泉は払った。向こうでは、リリンが鶴嘴を振るって死者を駆逐する。
詠唱が始まる。
天上の 時奉る 大神よ
星を追い めぐり
星を呑み 闇を為し
黄昏を 常世に降ろす――。
「月狼と陽狼の、軌跡よ!!」
天と地が鳴動した。
時の歯車が、不当ないじりを受けたように。引力のくびきが狂う。
魔法が。天体の加速と、ともなう巨大な影響への補正を繰り返し、光を空に引きずり出す。
――あと四二〇分。……三六〇。……三〇〇分。……。
暗闇が濃くなった。
深夜が来る。
空は更に動く。
――残り一八〇分。
「メイっ。まだあと三時間はあるよ!」
リリンが叫んだ。光の円の中央でウォーリックがうめく。天体を支えるように、両腕を頭上に掲げたまま。
亡者は倒れない。
夜が深まったことにより、一層活発になって、凶刃を和泉たちに振りまわす。
「もうすぐだ!」
和泉は叫んだ。
東の空に、暁の気配。
夜から朝へと移る、明けの明星。
どごおッ!
生ける屍の拳が和泉の頭を打った。
怪人の膂力に、くたびれていた身体が地面に叩き伏せられる。
〈太陽〉は更に動く。
夜明けが来る。
――四八〇分。
陽は軌道上をめぐり終えた。
死者は――。
まだ眠らない。
「「メイーッ。あと『三〇分』分ひっぱって!」
蒼白になって魔術を放ち続ける魔女に、リリンは檄を飛ばす。
ゆるやかになりかけていた朝日の運動が、再開した。
……雲間から。陽光があふれだす。
亡者の群れが、静止する。
あやつり人形が糸を切られたように、リビングデッドたちは、ばらばらと音をたてて地面にくずおれた。
すうっ……。
死者の身体が朝日に溶けていく。
日差しに浄化されたのか。または、呪術のみちびきによって逃げたのか。
伏した死体たちは、あとかたもなく消え去った。
ガクン。
ウォーリックの両膝が抜ける。
「ウォーリック!」
這うように和泉は少女の元に駆け寄った。身体を支える。
(軽っ……)
ペタン。と彼女は地面に座りこむ。大きく息をつき、震える声を出す。
「ね……」
「ね?」
かすれる声に和泉は耳をそばだてた。
きっぱり。ウォーリックは宣言する。
「寝ます」
かくんっ。
スイッチが切れたみたいに、ウォーリックは昏睡した。腕にもたれかかる女子生徒に、和泉は肩をコケさせる。
「律儀かこいつ。……なにはともあれ」
和泉は胸をなでおろした。
墓場を出ようと、ウォーリックを抱きあげて踵を返す。
ガツンっ。
スコップの先が、和泉の白い頭を殴打した。悲鳴をあげる間もなく、意識が途切れる。
払暁。
農具を構えてふたりのまえに立つ村人たちを、早朝の日が照らしていた。




